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今日はねこ福じいちゃんの命日です。

 

もう6年になりますね。イベントの側らにチラチラ出没してたのを去年のように錯覚するけど、じいちゃんのいないねこ福の方が断然長くなってます。

 

 

今日はしっかり仏壇に手を合わせようっと朝起きたのに、まず神棚に手を合わせた瞬間に湧きあがった言葉は、

 

『あぁ、開放された記念日だ。』

 

 

昨日のうちから仏花を供え、柿やバナナも並べ気持ちよく準備したというのに。

感謝の気持ちを込めて、そのために買い出しに出掛けたんだよ。

 

なのに、1日の始まりの言葉はそんなだった。

 

 

 

6年前の今日は金木犀の香りに包まれてました

 

 

血縁との関係って、そんなもんなんだろう。

 

離婚して解消できるようなカンタンなものではなく。相性がどうであれ、切れず、何かしらの関わりを紡ぐ定めにある縁。

 

 

己を鍛錬する場を与えられてるんだと腹を括って、ラッキーと思うしかない。

 

 

本当にそう思ってて、実際、父を残して母が先に逝ってからの10年は1日に2度、3度と自分に言い聞かせてたんですよ。

 

おかげで、どんな状況でも不平を言わないやり過ごし方が身に付いた。

それって、どんな状況でもその先を良い流れに転換させる発想が鍛えられたってこと。

 

すばらしいことでしょ。

 

 

平穏に同居してるかのように見えてたかもだけれど、それは、向かう先は「上」でなければいけないという理性が食い止めてくれてたんです。

 

命があるからやむを得ずでも生きていかねばならない。
もしも不満や苦悩に目を向けてしまうと溜め込んだ思いが爆発して壊れてしまう。

 

壊れたまま生きるなんて、父と同じこと繰り返す訳にいかない。

触発されぬよう、ネガティブ沼への門戸を振り払う術が磨かれていきました。

バックグラウンドはこういうこと

 

 

今ね、大した不平不満をこぼすことなく暮らせているのは、足りないことに目が向かないからだけですよ。

 

でも、この心境こそが豊か。

そう簡単には至れない境地なのだろうと、周囲を見渡しているとわかります。

 

 

これが、

 

父に感謝してもしきれない理由。ことさら命日にはしっかりと手を合わせようという思いに自然となる。

 

 

エリオスくんも一緒にお参りしました

 

 

 

 

親には感謝すべきという言葉には、色々な意味があるように思う。

 

逃れられない逆境で鍛錬させてくれているという場合もある。

 

近視眼では到底感謝とは思えないことが、後になってみれば何事にも換えられない財産の種を蒔いてくれてたことになってるとか。

 

そういう展開にもっていく機転の才を育ててくれてるとも言える。

 

 

 

介護はその集中強化合宿のようなもの。

 

 

認知症の進行したお父様のお世話のために実家に単身で戻り一緒に暮らしている親友がいます。

 

『いつまでいるんやろ…。』って思ってしまう自分に落ち込むっと、会うたびに言ってます。

 

 

や〜、きついと思う。

そんな言葉が口をついて出る人ほど、心を尽くして接してられてるような気がする。

 

私だって何度も思った。

 

取扱い難度の高い親を看取った人は口を揃えて「死んでくれてありがとうって感謝してる。」って語られます。その言葉に救われて今がある。

 

 

だから、

 

今朝、解放記念日だと晴れやかな気持ちになった自分のことも許すもなにも、…あぁそうだよねって思った。

 

びっくりしたけどね。

 

 

 

介護は高尚な思いとぶっちゃけ苦悩が表裏一体。

 

そこでどちらを優先させるかは人それぞれ、正解はないと思う。

 

 

 

だけどね、

 

私が母を介護してたとき、お父様は親友に「えみちゃんは、その後幸運を授からはるから、よう見とき。」って仰ってたそうです。

 

「その言葉、そのまんまお返しするわ〜。本家本元からザクザクくるでぇ〜。」っと、親友には伝えました。

 

 

介護は宝の山。壮絶な介護を提供してくれた両親に感謝しています。

 

 

 

キッカケができたので、久しぶりに介護をテーマしてみました。

もっと発信したらいいのだろうけど、介護を振り返ることはやはり生半可にはできないですね。良い機会になりました。