今日(9月5日)は不思議なことが起きました。
誰もいないのにインターホンが鳴るってことが午後に1回、夜中に2回。
昼間は縁側で座ってたので、明らかに無人なのに鳴ってるってのが見えてた。
夜は、こりゃどうも故障だなっとスルーしたら1分ほどしてまた鳴った。
このリズムがなんとも人の息遣いに感じられたので、「誰かいるんですか?」っと縁側に出て声を掛けた。
当然誰もいない。夜10時。
でも、縁側で夕涼みしてるアントワーヌちゃんはその後もじっと門扉の方を警戒気味に見てる。
こりゃ父さんだなと思いまして、
飲みかけのワインを新しいグラスに注いでテーブルの目の前に置きました。
「どうぞよばれて。ご一緒にどないでしょう。」と。
今朝、Facebookが3年前の今日猫たちが寂しそうに門の方をじっと見てたって「思い出」を知らせてきた。
1年前に父が最後に自宅で過ごした日を猫たちはちゃんと覚えているんだなって投稿だった。
だから、じいちゃんが会いに戻ってきたのだなと。
じいちゃんを待っていた猫たちももういないんだけど。
4年前の今日父は、3週間のレスパイト入院のはずで自宅を出た。
次に猫たちがじいちゃんに再会したのは、約1ヶ月後。
今にも鼓動が消えそうな、点滴で浮腫んで、酸素吸入されて、抗生物質で消化器がただれて下痢が止まらない弱り切った姿。
猫たちが生気に触れた最後の思い出は9月5日。
父にとっても意識に残る最後の自宅だったかもしれない。
治療を打ち切って自宅に連れて帰りますと主張すると、先生は動転して、それでは抗生剤の効果が出ないかもしれないと反対した。
こんな健康状態で、抗生剤の効果を確認できるまで命もちますか?とぼけて聞いてみた。
詰所の看護師さんたちは仕事をするフリをしながら私たちの会話に全集中してるのがわかった。
この抗生剤は2週間続けて投与しないと効果が出ないんだと、先生は残念そうだった。
退院の朝、先生がどうしても昼の抗生剤までは投与したいそうなので、退院時間を少しずらしますと連絡があった。せめて1回でも多く…というのが先生の思いだったようだ。
退院にあたって経口投与用の粉剤を手渡された。
在宅ケアの説明をしてくれた看護師さん、「こんなの使わなくていいです。」っと強く制してくれた。
先生以外の誰もがわかってる。こんな抗生剤投与、意味がない。
人の身体で机上の空論は成り立たない。
ましてや93歳を目前にした老人。
入院中、何度か点滴やめてもらえないかと伝えたことがある。
「でも先生はこれが効果があると思ってらっしゃるので…。」と言われた。
父の介護で後悔があるとしたら、もっと早く治療をやめてもらうように強く主張してあげればよかったということ。
介護を語る会で木村ひとみさんに取材された記事が「みんなの介護の教科書」に掲載され、大きな反響があったそうです。
➡︎ 終末期に何もしないという選択肢も。父を介護しながら在宅で夫を看取った女性の体験談
4人の親族が息を引き取る瞬間に立ち合って、様々な最期を見せてもらった。
人の生命の本来のあり方について深く学んだ。
それでもこの点滴をやめてくだいときっぱりとは言えなかった。
重要な決断を誰かに委ねてしまいたい弱さが顔を出した。
人の命が掛かってる場面で流れを変える勇気と責任を負う自信がなかったな。
いろんな考え方があること、選択肢があること、正解は誰もわからないこと、決めるのは当事者だ、そんな意識広まるだろうか。
そのためには、本人も家族もしっかりした考えを常日頃からもつ必要があるけれど。
また帰ってくると思って重く受け止めずに送り出した日のことは、命日よりも悔やまれる日であります。
そんなことを思っていたので、じいちゃんもってきはった(帰ってこられた)のかな。
毎月11日に開催していた介護を語る会ですが、しばらくお休みさせてもらいます。
畑仕事がお休みになる季節には再開できるかな。
介護を語る会の記事はこちらに一覧でまとめています ➡︎ ♣︎♣︎♣︎

