秘境と呼ばれるところが好きです。
特に人が生存し続けるのが困難な場所、例えば砂漠とか、孤島とか…
そんな場所に身を置いたら、どんなこと感じるのだろう?
って想像するのがワクワクするのです。
未知との遭遇がたくさんありそう。
実際にサハラ砂漠に身を置きに行ったこともあります。
だから、この映画のシュチエーションはたまらない訳です。
『Cast Away』(難船)
ホームスクリーンを撮影
ここから先はネタバレあります。ご了承ください。
飛行機事故で太平洋の真ん中に不時着した主人公は、
運良く小さな島に流れ着き、そこでたった独りで4年を過ごすことになります。
救助が来るまでなんとか生き延びようと知恵を総動員させ生命力に溢れた時期、
なんとか自分の存在を確かなものとするために理性を維持しようと努力する時期、
生きる目的を見いだせなくなり、ただ「呼吸」をして過ごす仙人風情の時期。
そんな変遷をトム・ハンクスが演じています。
15年前劇場で観たときには、
特に生き延びようと知恵を絞っている時期のことを、
自分ならどうするだろう?と想像して一緒にサバイバルしてる気分になりました。
それで深く印象に残ってます。
この映画の本当に大切なテーマのひとつに、
話し相手のないこの生活の中に
“自分以外の「存在」を創り出して共に生活する”
ということがあります。
映像は借用しました
同じ飛行機から漂流してきた荷物の中にあったバレーボールに顔を描いて、
「ウィルソン」と名付けて、
時に神のように話しかけ、相談し、
時にペットのように島の中の移動にも肌身離さず連れて歩くのです。
15年前は子供のような行動に笑っちゃってたのですが、
これ深いことだなと今は気がつきました。
当たり前のように家族と触れ合えていた時期には、
「他の存在」の価値には気づいてなかったのかも。
とうとうそのウィルソンが波にさらわれていった時、
命からがら取り戻しに行こうとします。
そして‘助けてあげられなかったこと’を自責して、
『Wilson, I'm sorry.…I'm sorry.』
と号泣します。
それを見て、
相手への思いって「自分の感情の投影」でしかないんだなぁって気付きました。
相手が自分に懐いているだろう思いを推し量ることは幻想なんだぁ、と。
バレーボールは助けてもらえなかったことを責めてはいないでしょう。
I'm sorry.には、‘ごめんなさい’と‘残念だ’と両方のニュアンスがあるので、
ただただ別れを悲しんでいたのかもしれない?
字幕では、『ごめんね、…ごめんね』と出ていたけれど…。
いずれにしてもウィルソンとの会話は主人公の自問自答。
何か自分の中で吹っ切れるものがあり、清々しくなりました。
この作品も、近々「テアトルねこ福」で鑑賞会しますね。
檜原有輝さんのお勧め映画でもありますよー。
「映画好き集まれ〜♪テアトルねこ福」は、
毎回テーマを変えて いろんなジャンルの映画を鑑賞します。
詳しくはこちらを。
次回は1月20日(土)『リトル・ブッダ』
詳しくはこちら、「1月は心静まる作品を 」をご参照ください。
映像は借用しました
たくさんのご参加をお待ちしていますね〜♪


