一見、無駄に思えるようなことが、のちに大切なプロセスだったと気づく瞬間に出くわす。
そんな経験のある方も多いかもしれません。
わたし自身、あれこれと方向性の見えないままに手を出して、てんでバラバラに、
なにか「やり散らかしている」と感じることがあります。
マインドでは、「こんなことして何になるの?」と思うことも、あとになれば不思議と、
それらがキャンドルづくりの中で繋がったり、思わぬ広がりを見せたり、
何になるのかわからずにやっていたことの伏線が回収されるような瞬間があったりします。
「わたし」の理解が追い付かないままやっていたことも、時が経てば、
目には見えていなかったいつかの意図が、底流のように働いていたことに気づかされるのです。
「あ、あの時のあれが、これにつながった!」と。
頭で計算して、これは必要これは無駄と、優劣をつけて動くより、ふと心が動くこと、
どうしても気になってしまうこと、理由はわからなくても惹かれるものがあるなら、
その感覚に身を委ねてしまっていいのかもしれません。
「いのち」が運んでいく方へ、抗わず。
どこへ運ばれていくかなんて、知らないまま。
