ちょこっと記事を書いたら
気持ちが少し楽になってきました。
やっぱり気持ちを吐き出すって
癒されるんだなぁ。
少しおちついたのをいいことに、
前の記事で書いた
生きててなんになる?!
この虚無感はどこから来るのかと
探ってみたんですね。
結論から言うと
私は自分の人生に対して
無力だという前提を見つけました。
だから
選択が怖い。
変化が怖い。
努力が怖い。
未来が怖い。
明日、明後日ていどの近未来さえ怖い。
どんなに自己肯定感を高めて
その上で努力や工夫をしたとしても、
現状維持や
今より悪くなることは有り得ても
自分の想像を越えるような
幸せを感じて生きる日が来るとは
とうてい思えない。
まだ信じられない。
そもそも生きてる意味が分からない。
これは幻想だ、勘違いだ、
過去の経験からくる思い込みなんだ
と知っていても。
子供の頃の苦しみはなんだったのよ!
一年前までの私の努力と苦しみは
一体なんだったのよ!
ただの無駄だった!
と、まだ怒り狂ってる私がいました。
その仕組みというか理由については
ぢんさんがこの前の記事で
分かりやすく説明してくれてて、
それを、この一年間での体験として
どこかで納得してるからこそ。
納得してしまったからこそ。
読んだことによってどうしようもなく
腹が立って仕方ない!
まだ自己肯定感が高かった子供の頃の
努力は、苦しみは、悲しみは
じゃあ、なんだったのよ?!と。
それに、一年前までの
あの頃の一生懸命だった私が
あまりにも痛々しくて。
自己肯定感の高さが
そんなに大切だなんて知らずに
自分が自己肯定感が
低いなんてことすら自覚出来ずに
他人軸で生きてるなんて知らなくて
それでも良かれと思って
必死で頑張ってきた今までの人生って
全部無駄だったんじゃんっ!
って、
一番そこに怒ってるし悲しいんだろう。
人生80年だとしたら、既に半分近くも
自分を不幸にする考え方と生き方で
生きてきてしまった虚しさもある。
落ちてた理由のひとつ。
それから、
私の人生を
自分の手に取り戻したのはいいが
今さら、どうしていいのか
何をしたら私は楽しいのか
自分がどう生きたいのかすら
さっぱり分からない。
かなりもて余してる感じがする。
このもどかしさも、落ちてた理由。
こうやってぐずぐず喚いてみたところで
結局は
で?
で?
それで?
過去は変えられないんだから
今からどう在るか、
今からどうするかしかないよね?
ってことになる。
やりたくないことを
どんどんやめていけば
自分を大切にしていけば
何かやりたいことが見つかると
思ってたけど
何もやりたいこと出てこないし。
もうこの際、
仕事やお金じゃなくてもいい。
趣味でも
人間関係でもいい。
もう、私が
何か心の底から喜べて
楽しめるような生き甲斐が欲しい。
なんなら
生き甲斐が見つからなくてもいい。
生きることが楽しいっ!
生きてて良かった!
そう感じながら生きてみたい。