明日もちゃんと | クラシノリズム 

明日もちゃんと



ウチにはもう15年以上
一緒にいた
愛犬がいました
名を『チャーリー』
ローリングストーンズの名ドラマー
チャーリーワッツからとって
ボクの兄が名づけました

そう過去形になっているのは
先日息を引き取ったから。

正直最後の方は
立ち上がれないし
夜は苦しそうな声で鳴くし
ご飯は自分じゃ食べられないし
手間がかかる子でしたので
ほっとしたのも事実です。

でも長い間一緒にいた時間や
ウチに迷い込んできたときから知っている
場面など思い浮かべながら
いつもいた場所にいないと
寂しさが湧き上がってきます。

僕の母に良くなついていて
事情があり最近母は外出することが多くなり
家にいないことも多いのですが
母がちゃんと家にいるとき息を引き取りました
分かってたんじゃないかと思っています。

お別れをちゃんと
できたのは我が犬ながら
偉いと思います。


死ぬことを意識して
初めて生きることの大事さに気付きます

終わりを知らないと
無駄に続けてしまいます。

なくならないことを知らないと
あるときのありがたさが分からないままです。

壊れたとき初めて
使ってこれたことの便利さをしります。

お別れがこないと
一緒にいることの大切さに気付かないままです。

なんて馬鹿なんでしょうか。ボクは
大馬鹿者とはボクのこと。


今ボクの目の前には
多くの壊れそうなこと達がいくつも並んでて
それの大切さに今更ながら気付いて
引き止めたり
直そうとしたり、弱音はいたり
時には見放されそうになったり。

だから、ホントはそんな時間が来る前に
もっと前から大切に、
一生懸命時間を過ごせばよかったのに
なんて
チャーリーの死を持って教えられた気がします。

チャーリーに何かしてあげようて思ったときに
できたことなんて数少ないことしかなかったし。

だから、残された時間がある僕は
もう少し前をむかなきゃって思うのです。

明日もちゃんと、そう思えてればいいな。

大好きな人や
大好きなモノと

ちゃんと笑ってお別れできるように。
ちゃんと笑ってまたあえるように。
ちゃんと笑ってうなずけるように

チャーリーが聞いたら笑うかな?