現在までの大ちゃんの記録
今年度、小学6年生
産まれた時、1ヶ月の早産で、
病院の医師から『障害が出る確率30%』と言われる
全く無関係なオカルトですが、産まれた日の夜から、インターネットが繋がらなくなる(1週間過ぎに、何もしてないのに復活)
赤ちゃん期は寝返りは早く、ハイハイより立ち上がるのが早かった
発語が遅い。当時(3才頃?)、FMでよく聞いていたラジオドラマ(というのか?)『あ、安部礼司』で、同い年の子供がいて、その子は話しているのに、大ちゃんは話さないことに『もしかして…』『障害確率30%』を考え始める。
車が好きで、カーズ2のDVDを毎日観ていて、セリフを丸暗記して話す。
『もしかして、天才なのか?』と親バカ発揮。
トミカ大好き。トミカを部屋で並べて、前後左右から眺める。少しでも動かすと怒る。
4才から保育園に行く。その時もまだ車好きで、近所の車はもちろん、走っている車を見ると、車種とナンバーを言う。
また、車を冬タイヤ(逆に普通タイヤ)に交換すると『タイヤ交換した』と言う。
相撲好き。
だけど、何故か行司に注目。
毎回、うちわで行司やっていたので、誕生日にアマゾンで行司の軍配を買ってやったら、それを使って堪能。
(現在は割れてしまい、相撲見るだけ)
保育園では担任から離れない。オムツもはずれるのも遅かった(5才頃)。
友達が(かるく)当たる(ぶつかる)と、(他にも話しかけると)『うるさい❗』と言う。友達から『大ちゃんヘン』と避けられることが多くなる。
先生から『言葉もあまり出ないようですし、病院で診てもらい、療育を』とあまりハッキリとではないが勧められる
大学病院の精神科でテストを受ける。知能指数が平均より低い(74くらい?)為、『発達障害』『自閉症スペクトラム』の診断を受ける。その結果を持って市の療育センターへ月一通い始める。(保育園卒園まで)
担当の方と体を動かしたり、ゲームをしたり。
ぐらぐらゲームや、黒ひげ危機一髪のようなものを怖がり、あまりやりたがらない。(卒園頃は療育効果か平気に)。
たしかに、誕生日に買ってやったカーズのマックイーンのラジコンも『音が出る』のを怖がって、数日放置していた(触れなかった)。
初の保育園の運動会で、30m競争をトップで走ってきてゴール前(本当に直前)でしゃがみこむ。周りから爆笑される。
5歳の秋口に市教育委員会から、進学についての相談会に呼ばれる(普通級か、支援級や支援学校に行くのか)。会場には駐車場があったが、結構たくさんの車があり、『人数、多いんだな』と思う。
その後、大学病院に行って相談。先生からは
『本当にグレーラインなので、普通級でも支援級でもどちらでも』と言われる。
(ま、ハッキリとは言わないですよね)
療育の担当の方にも相談。
『普通級に行けば、ついていけないことも出てきますが、伸びる部分があります。支援級はサポートが付くので、安定して勉強出来ると思います』
どちらにしても、親の考え次第、か。
嫁さんと相談して、支援級に行かせることに。
市教委からは『支援級相当』の判定。
両実家にも、報告。『大ちゃんの為ならどちらでも応援する』と励まされる。
また、療育の担当の方にも報告。
『よく、決断されましたね。結構、普通級にこだわる方が多いんです。でも、わたしも大ちゃんの為には、正直支援級の方がいいと思います。この先、普通級に戻ることも出来ますし』と言われ、専門の担当の方に言われて、安堵した。
決断前には通う小学校にも相談に。
迎えてくれたのは教頭で、色々と話をする。
その際、『大ちゃんは支援級の知的クラスです』と言われる。
保育園で友達に対しての『うるさい❗』等あるので、
『情緒じゃないんですか?』と何度も確認するが、『知的です』と言われる。
同期で大ちゃん入れて3名が支援級。
クラスは1クラス。
科目によって、普通級でやるものもある、等説明を受ける。
(いわゆる『通級』ということをよくわかってなかったので、少し希望を持つ)
無事に保育園を卒園。
みんなで合唱する姿を見て、少し涙。
大ちゃんは笑顔でした。
その2週間後、今度は入学式。
体育館は寒く、その中を元気よく行進。
クラスで、大ちゃんと保育園が一緒の子と席が前後に。
そのお母さんが、
『また大ちゃんと同じクラスでよかったわ』
(お世辞とかではなく、本心から言ってる感じでした。たしかに、保育園で遊んだ話で名前をよく聞く子でした)
と言われた時、
『すみません、大ちゃん支援級なんです』
と伝えると
『えっ?』という顔をされる。
入学式後、他の子が校門に登っているのを見て、
大ちゃんもウズウズ。誰もいなくなると大ちゃんも上がる。
風が強くて、脇の桜の枝が顔にぶつかり、痛がっていたのがおかしかった。
小学校は、幸いなことに保育園のすぐ目の前の為、通うのは難しくないと思っていたが、
『通学路』の壁が。
自宅脇を通れば5分(それも車が通らない砂利道)なのに、『通学路を通らないとダメ』と『発達障害あるある』発揮する。
後日、学校に相談し、『脇道でも良い』と許可もらうも、『安定の』通学路で通う。
どうやら車が見れる為(脇道は家と家の間)だったみたい。
産まれた解き方からアトピー持ちで、その為、肺も弱いらしく。運動は苦手。
運動会やマラソン大会は大体『ゲッポ争い』(ゲッポって言いますよね?最下位のこと…)
で、ゴールするといつも泣いてた。(3年生くらいまで)
1年生では、最初、国語や算数など主要教科は支援級で、音楽や体育は普通級、でスタートしたのが、段々落ち着きが出て、勉強も普通に出来る。
心配したかけ算もちゃんと覚える(2年)。
ただ、国語も算数も『文章問題』になると、どうしてもついていけないことが多い(5年生終了時)。
それでも、学校的には『勉強は普通に出来る』という判断の元、3年生の7月で『普通級にしませんか?』と打診される。
実は、2年生の時に、支援級が2クラスになり、知的クラスと情緒クラスに分かれた。
そして、学年が上がってきたら、大ちゃん以上に『支援級に通うべき生徒』(言葉は選ばないといけませんが。あくまで私が行事や参観日等で見た限り。また、担任も暗に認めていた)が増えた為に打診された、と思う。
4年生から応用問題は増えるから迷いましたが、現実、3年生になって、殆ど普通級で過ごしていたので『仕方ないか』と受け入れることに。
丁度この3年生の9月にもらった通知表で。
(ウチの学校は2学期制)
それを大ちゃんも当然見て。
家に帰って来て、嫁さんに
『僕は発達障害なの?』
と聞いてきたそう。
ご飯食べて大ちゃんの様子を見ると、
特に変化は見えなかったが、
やはり『ちゃんと伝えよう』と思い、
『大ちゃんは発達障害で、自閉症スペクトラムです』
『でも、2学期からは普通クラスだよ』
『今までと何も変わらないよ』
と伝えました。
が……『ふーん』みたいな感じの反応。
また、見る限り、家では宿題のみ。長期休みになると計画的に勉強出来ず、宿題も残しがちに。
それを言うと怒るように。泣くこともあり。
(5年生終了時)
4年生時にも大学病院でテストを受ける。
『段々、年齢上がってくると知恵が付いて、障害者手帳取り辛くなる』と聞いていた。
自分は保育園時に『発達障害』と診断された時に、メリット多いことや、先々就職まで考えて、
『手帳もらおう』と嫁さんに言ったが、
『それはイヤだ』と反対されて。(障害者、と見られたくないらしい)
なので、大ちゃんは手帳申請していません。
知能指数68の判定。
年齢上がったら、逆に知能指数下がるとは……
こだわりは移り変わり。
トミカ(車)並べたり覚えたり。
テレビ欄の好きな番組を自由帳に書き写しする
(ほぼ毎日)
3年生頃からバスに興味。
今度はバスの時刻表を自由帳に書き写す。
時刻表が手元にあるのに、嫁さんのスマホで時刻表チェック。
外でバスを見るのが大好き。
風呂場では、『次は○○、次は○○。お降りの方は……』と毎日、大きな声で運転手になりきっている。
でも、『運転は怖いから、運転手にはならない』と言っている……(5年生終了時)
こんな感じですかね。
このページ、何かあれば今後も追加していこうかなと。
ただ、長くなったので分割するかもです。