どうしたら糸がうまく(キレイに)つくれるようになりますか?と聞かれました。
それ 私に聞く??Σ(゜Д゜)
まさか 糸に突っ込まれるとは思ってなく
なんて返答したらいいのか・・・・・
やり続けることだよと言いたいけど
言うのは簡単なのよね。
綿や羊毛の糸紡ぎを教えてもらったときに私もそう言われた。
でも その言葉 受け取る側にはとっても果てしなく思える。
想像がつかないのよね。
やり続けて ふと歩んできた道を振り返った時に初めて言えるんじゃないかと思う。
うまく糸をつくれるようになりたいと 最初の頃は思ってたかもしれないけど
(今でも常に思ってるのかも?)
いつの間にかそんなこと考えもせず
ひたすら糸績んでたような。
あれれ?
じゃあ私は 何を考えて糸績んでたのだろう??
たぶん いまは
つくりたい作品があって そこに向けて糸をつくる(績む)。
糸をつくることはゴールじゃなくて あくまでその途中経過。
つくりたいモノがあるから 糸を績んでる。
そうやってるうちに いつの間にかうまくなっていくのかもしれない。
むしろ今は いかに速く 自分が納得のいく糸をつくれるか
糸にかけられる時間も限られる。
それでいいのかは わからないけど。
そうは言いつつも
ふと自分が績んだ糸を見たときに
試行錯誤してきた時間の積み重ねが そこには詰まってるんだな~と思いました。
ちょうど同じ日 仙台にもどって
から研ダンスフェスに出てた 通称"器会"の人たちのお疲れ様会に行ってきた。
要はタコパなんだけど。
ダンスフェスの映像をもう一度観たりして。
私は最初のワークショップだけ行って後は抜けてしまったのだけど
続けたメンバーは 15分の作品を1年かけてつくった。
しかも いつ発表かわからないまま やり続けて1年。それだけで尊敬する。
15分の映像を観る限り すごく透明感のある美しい世界が出来上がったなと感じた。
ここまで形になるのに 紆余曲折あったことは聞いていた。
誰かが 時間の蓄積だよねって言ってて
あ~~ そうだよなーと思った。
色んなことがあった1年間が 目の前で繰り広げられた15分には詰まっている。
時間の蓄積が より美しさを引き出すのかもしれない。
