今日も朝から、イマココ瞑想。
気持ち好かった。
朝の周波数を忘れずに身体のことを考えて、今日一日仕事をしてみた。
最近は左手の肘もテニス肘だし、右足の膝も変形膝関節症だし、
無理に持てないし無理に歩き回れない。
長年の仕事の影響だ。
それもあって、ゆっくり歩いて(といっても小走りではない普通の速度)案内をして、
オーダーを取って、お皿も1つ1つずつ持ってって、
一度にたくさんはできないけれど、
量はこなせない分お客様には丁寧に対応できご要望に答えることができた。
コミュニケーションも取ることができたし、何より心を込めることができた。
そうしたら、忙しい営業なのに自分の満足度が高い。
お客様に丁寧に対応できないことがとてもストレスだった。
そんな仕事の仕方が嫌だった。
数や量をこなさなくてはいけない。
たくさんの人が来ているのだから、そうしないと間に合わない。
今までなら、一度にたくさんの業務をこなすことができないといけない。
そう思っていたけれど、本当はこれでいいのでは?
人より仕事の量は少ないけれど、でも、お客様の満足度も高かったはず。
その方が売り上げもより上がるのではないか。
と、思った。
辛い顔をして、働きたくない。
そんな働き方は何も楽しくない。しんどいだけだ。
たくさんの量をこなすために心を辛くして、
心を閉ざして、何のためのレストランだろう。
そんなお店に行きたいだろうか?
そんな人に給仕されたいだろうか?
そんなところで食べるご飯は美味しいだろうか?
肘を痛めて、膝を痛めて、
動けなくなってやっと体感でわかった。
これが私(身体と心)のしたい動きなんだってこと。
これでよくないか?
量よりも質を求めたい。
量をこなすなら、ロボットでいい。
動きが鈍くなったら、油注せばいいし。
処理が遅くなったら、アップデートすればいいし。
腕も壊れたら、取り替えればいいし。
全体がボロくなったら、廃棄すればいいし。
でもあたいら人間は、取り替えることができないもん。
腕は壊れたら、壊れたまんまだし。
元どおりにはできないもんね。
これからは身体の声をもっともっと聞いて生きていくことに決めた。
それで仕事が変わるならば、それでよし。
その方がいい。
身体の声に従って動いていくと、きっと人生が動いていくんだ。