『ありがとうの魔法!?』


今日、お正月用の餅つきをした。


先月初めて買った餅つき機で。


去年までは、実家での餅つきを手伝いに行っていたから、

自分の家で餅をつくのは、今年が初めてになる。





こんにちは。

上原小百合 です。

 


ちょうど、去年の今頃に書いたブログ↓

『餅つき』



思い返せば、去年の餅つきのとき、父にこう言われていた。


「うちでの餅つきは、もう今年で終わりにする。

来年からは、新しい機械を買って自分たちでしなさい。」 


そして、娘に対しても

「来年はあんたがやって、うちに持ってきて」

とも。




だから今年、餅つき機を買って、

初めて自分の家で餅をついた。



出来栄えは、まぁまぁ。

新しい機械やし、当然っちゃ当然😁


お雑煮用丸餅と、あんころ餅。

出来立てを、実家に持っていくことにした。


正直なところ、今日実家に行くのはあまり気が進まなかった。


でも、餅をつきながら、

「出来立てを持っていかんとな」と、いつの間にか思っていた。


お父さん、言うてたからなぁニコニコ




実家へとクルマを走らせながら、

父はデイサービスの日。

家には母だけがいるはず。


だからまた、

「愚痴を聞かされるかな…」

「しんどい、しんどい、の繰り返しやったら嫌やなぁ」


そんなことを考えてたら、

家の近くで、急に頭痛がしてきた。

これはアカンやつ。


一旦車を止めて、

セルフワークをしたり、深呼吸したり、

ソルフェージオヒーリングの音楽をかけたり…。

でも、あまり変わらない悲しい


最後の手段や、と思って

「ありがとう」を繰り返してみた。


誰かから聞いた、

「ありがとうは最強」ということで。


正直、感謝の気持ちはほとんど込めていない。

だって今は、本気で「お母さんありがとう」って思えなかったから😅


ただ淡々と、ありがとう、ありがとう、と。


そのうち、

声のトーンを変えたり、

方言にしてみたり、

言葉を足してみたり。

まるで絵本を読むみたいに、ちょっと遊びながら泣き笑い

何十回も言っているうちに、実家に着いてしまった。


気分は⋯別に変わらなかった真顔



父が退院してからというもの、

母はしばらく体調が悪く、

「しんどい、助けて」が口ぐせのようになっていた。


険しい顔をしながら横になっているのが最近の姿だったんだけど、



実家に上がると、母は

こたつの座椅子に座って、字を書いていた。

(彼女は字を書いたり計算したり音読したりするのが好き)


ちょっとはご機嫌よさそう?


最近では珍しいな、と思って声をかけると、

振り向いた母の顔は、思っていたよりも元気そうだった。


なぜか、今日は、

少しずつ動けるようになったのだとか!


「近所の散歩に行けたびっくりマーク

と喜んでた。



話しているうちに、

今年は私が数の子を作って持ってくる、という話になり、


「これいいよー」と言って

台所にある「おせち料理の本」を貸してくれた。


その流れで、

「あんた、しんどかったときは

えらい迷惑かけたね。

これ、渡せてなかったから」

そう言って差し出されたのは、

お年玉の封筒😁


先日は私の誕生日だった。

毎年、何かしらお祝いしてくれていた。

今年は、母に呼ばれて行くと

「しんどい〜助けて〜」と言うばかりで、ほとんど話もできなかった。



封筒の裏を見たら、

「◯◯才 お誕生日おめでとう

◯◯年前、夢のあるうれしさでした!」


と、書いてあった。




⋯その瞬間、涙が。

でも、なんでか、必死にこらえた。


うれしかった、というより、

なんだか少し、気恥ずかしかったのかもしれない。


中学生のころ、

母に急に優しいことを言われたときの、あの感じに近かった。



  


母と別れて車に乗り込んだとき、


ふと空を見上げると、雲の合間からたくさんの光が差し込んでいた。


眩しくて、美しくて。


そういえば、最近、

空を見上げてなかったな。


天使の梯子。こんなにたくさん、久しぶりに見た。


「何の祝福?」


そう思った瞬間、今度は涙が溢れてきて止まらなくなった。


そのとき、初めて心から

「ありがとう」と思えた。

何度も、何度も。


気づけば、頭痛は消えていた。








ずっーと前、母に言われたことがある。

「あんたを産んだとき、女の子と知って“かわいそうに”と思ったんよ」


私は長いあいだ、

「自分はかわいそうな存在なんだ」と思っていた。

女の子だから。

女の子の私は、ダメなんだと。


保育園の頃、

スカートを出されてもズボンしか履かなかった。

どうしてもスカートを履かされる日は、

その上からズボンを履いていた。


中学生くらいまで、

本気で「男の子だったらよかった」と思っていた。


本当は、

女の子だからかわいそう、なんてことはないのに。

私はずっと、心の奥で

「私は大事にされない」

「誕生を喜ばれていない子ども」

と、誤変換していたんだ。


よく考えたら、母は、

「女の子だから祝わない」とも

「うれしくない」とも

「だめ」なんて、

ひとことも言ってない。


そう言えば、誕生日は必ず、

まぁまぁ盛大にお祝いしてくれた。


私が、勝手に誤変換していただけ。

親子関係って、こういうすれ違い

ほんまによくある。



それが、溶けた瞬間だったんだ

ろう。

家に帰るまで、涙は止まらなかった。








これからも、

母から突然電話がかかってきたり、

「今すぐ来て」と言われることは、きっとある。


そのたびに、

私が「なんだかなぁ…」と思うことも、たぶん変わらない。


でも、

“生まれながらにかわいそうな私”はいない。


“誕生を喜ばれていない私”もいない。


頭では、前から分かっていた。

でも、長年のもやもやが、

ようやく本当に溶けた気がする。



正直、「ありがとう」が効いたのかはわからないけど😁


でも、「ありがとう」には、

感謝するイエローハート



⋯⋯⋯⋯おわり⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯






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