26.04.14 熊本地震から10年
熊本地震が起きた時は
まだ母が元気でいました
「えらいことやに」と叫んで私を呼びます
熊本地震で一番に思い出すのは
あの時の母の驚きようです
熊本城が震度7に二度襲われ
ぐずぐずと崩れていく様は高齢の母には
きっとショックが大きかったと思います
あれからまだ10年?
熊本地震の頃は九州地方の方の動きも
割と掴めていました
九州の北部から物資を車に積んで
随分と回り道をしながら
毎週のように熊本の動物保護施設へ
運んでくださった、
まだお会いすることの叶っていない
保護猫カフェ?!と仰ってる方
否、ほかのみなさんにも未だお会いできて
いません
いつかお会い出来たらお礼伝えたい♡
何故って?
2年ほど前に我が家にも保護猫が2匹
やって来ました
昔の家ですので、仕方なくケージの中
でも時間が経つほどにケージの中が
自分のテリトリーと思うようになったようで
ケージから出ても、
隣の部屋にも行けなくなった...
2人共 気性は大人しく、当初の暴れん坊とは
すっかり変わりました
以前からいる三毛猫のちびとは
まだ馴染めません
兄姉で、保護するまではくっついて寝てたくせに
顔を合わすと、シャーです泣
いつになったら、
ケージをひとつ減らせるんだろ!
そんなことを思います
さて熊本地震の時に、動物の保護施設に
せっせと通ってくださった方
お元気でいてくださるのでしょうか?
益城町、熊本城、大分
壊れた建物や塀、崩れていく熊本城
震度7が、同じ震度7が2回続けてやってくる
誰もそんな地震は想像も予想も
していなかったでしょうね
散々予想がニュースや特集番組で
取り沙汰される、南海トラフ
そんなのすっとばして、能登半島地震が
起きました...予想はあったのか?なかったのか?
正しい情報がどれなのか?
分からないですが、
災害関連死も含めて、お亡くなりになられた
みなさんの、またご家族を無くされた皆様の
ご安寧をお祈り申し上げます
私が知る事も、関わることも叶わない
皇室のいつものお部屋で、
天皇陛下皇后陛下、敬宮愛子殿下が
きっとお揃いで、
お心を寄せてくださっている、その事が
とてもありがたく、心休まるのです
昭和の時代から引き継がれた温かさ
勿論それは、大東亜戦争後のことであり
戦後生まれに限りなく近い私にとって
昭和という不思議な時代は
きっと‼️私が死ぬまで続くのだと思います
日本で、一年に行方不明になる子どもが
1,000名以上と聞きました
神隠し、事件、事故、連れ去り etc
昨日 自宅と学校の間の不自然な場所で
見つかった子どもらしき遺体は
先日から探されていた少年であると
発表されました
私のブログには普段はこうした
ニュースソースは取り上げないのですが
ここしばらくは、この事件が頭にこびり付き
離れませんでした
おばあちゃん、といっても、きっと私より
遥かにお若いでしょう
そのおばあちゃんが泣きながら
ご近所の方に、ご心配、ご迷惑おかけします
と泣きながら、心細そうにされている姿が
目の前にあるかのように思われてしまいます
どうかもう安らかに眠ってください
この半月余り、苦しかったよね
寒かったよね、お腹空いてたよね
もう大丈夫だよ
みーんなが護るから!
遠くからでもしっかり護るから!
大丈夫!!!

