
八百屋さんで売ってるものは、野菜だけでなく、その野菜の生い立ちや背景なのです。
流美農園が始まったいまから三年前は、固定種ファームという名前でした。
当時も今も、
農園と言うには規模が小さく商業活動もしていないのですが、
その期待を込めて
「農園」と呼んでいます。固定種ファームをはじめたとき、
こんな社会を作りたいとまとめたものを作ったことを思い出し、
探してみたものの見つからず……
文言はかわっても、今と思いは変わらないはず。
その中の一つ、着手できていない項目、
「八百屋文化を再現したい」というのがありました。
今のスーパー文化からは、
大切な食べ物に対して、
消費者は「形と価格と種類」という情報しか得られないからです。
今も少し残る八百屋さんで買い物をすると、
生産者さんのことや、その生産者さんの考え方を教えてくれることがあります。

私は「食」に関しては、消費者が農家さんを直接契約という形で支えるのが理想と思っていますが、それはできる農家さんとできない農家さんがあるのも事実。もちろん消費者側の都合もあります。
ですから、「その(野菜の)生い立ちや、農家さんの考え方や手法」を知ることができるという前提を変えなければ、
いろいろな流通形態があっても良いと思っています。
農家さんも、流通形態も、消費者のニーズも、いろいろあって当然で、
それでバランスが取れるのですから。
スーパー、特に大手の商業施設の進出で、
地域で地域の人たちのためにがんばってきた小さな商業は大きな影響を受けているのは事実。
私が住む京都市内などは、もうずいぶん淘汰が進んで、
八百屋さんがなくなっていく中で、新たな形の「八百屋さん」が現れてきています。
形と価格と種類だけではなく、
もっとたくさんの情報を消費者に伝えてくれて、
消費者一人ひとりががその人の価値感で判断できる買い物の場が増えることを願っています。
そんな思もあり、農業生産法人にいたときは、週2回のミニ八百屋のような販売会をしていました。生産者が八百屋までやるっていうのは、なかなかハードなことで採算があうようなことではなく、今後「農」に携わるとしても生産して八百屋をしようとは思いません。
でも「新しいカタチの八百屋文化、再び」という思いはいつも持っています。
知り合いのカフェの一角をお借りして販売していたときの写真。
