
わーい🙌散歩に行けたよ!👍️

梅の花が、いっぱい咲いてる梅の木を撮影しようとしたら、また、動画ボタン押してしまった。しまった😵💧梅の木が踊ってくれるわけもなく、慌ててパシャリ。

なんか、ここ…アートな感じ。
描きたくなる。そう、イラスト画でもよいよね。画いちゃえ。おっと、反応なかったら悲しいからと、ブロ友さんが、「ハートの目を描いたら?」「アスナちゃんの鼻描いたら?」って言ってたなあ。

どや?

帰宅して、まーちゃんの軽自動車を確認したら、さすがに昨日の低温注意報が影響してる。雪がガチガチ。どうしようかとライン送った。

今日は、この本を手に取ると…捲ったのは、「般若心経」そのものの意味。
般若心経とは、「こだわらない」こと。「よい意味の、いい加減に生きること」大乗仏教のあげるお経のすべては、この般若心経。高校生のときは高野山にも修行に行った弘法大師の教えの高校に学んだ。毎日、般若心経を唱えてた。しかしながら、本好きの私は親鸞聖人と、弟子の唯円が語る仏教の世界観が好きになった。そこに描かれた親鸞聖人は、死を前にして、素直に怖いと弟子に打ち明ける。全然カッコつけない。そのものの体験から何をや悟るかを幼子のように伝える。その描写にとても魅かれた。そして、大人になった私は、いろんな出逢いを経て、クリスチャンの彼氏ができた。十字架のペンダントや、オブジェ等を彼氏からプレゼントされて、婚約指輪ももらって、2人で教会の説教も受けた。しか~し、現在共に夫婦漫才をするまーちゃんの家は、仏教宗派の中でも、禅宗です。これはこれでまた、般若心経。私は、何事もこだわらない人生を歩んだようで…その実、いい加減に生きることに関しては良い加減であったのかどうか。決して人生を中道には進まなかった。しっちゃかめっちゃかな道を走ったり、歩いたり、つまづいたり、寝そべったり。これはこれでいいのだ!と、開き直ったり。自覚がないという無自覚な日々を反省してみたり。それでも、望むことは、愛されたいということ。みんな、こんな私やけど、傍におってなー💦