今日はかなり疲れました。
下の娘のオペラを見に行って、そのあと画材を探して歩いて、結局見つからなくて、家に帰ってやっと食事をして、そのあと少し寝るつもりが、10時頃まで寝てしまって、5時間くらい寝たようです。
オペラは「コジ・ファン・トゥッテ」モーツァルトの作品です。でもイタリア語で、私たちには呪文のように意味はわからないのですが、劇の部分を日本語にしていて、しかも現代的なお笑いの要素も入れてあって、飽きることなく楽しく観ることができました。
さすがモーツァルトの曲は心地よくて、歌詞が分からなくても全く問題ないくらい美しかったです。
長年娘と音大の頃から一緒だった子も娘も子育てをしながら、あの長いイタリア語の歌をよく覚えたものだと驚きました。
2人とも随分上達していました。
音大の頃も、それはもう泣きながら練習をして、重い楽譜をキャリーで運びながら、レッスンに通ったりしていて、それはそれは大変だったので、よく続けてきたなあと感慨深いものがありました。
元々声がよく出る体型というのはあると思うのです。YouTubeもやっているしおたんという女の子は、身体が樽型で本当に良い声。娘は音大の頃は痩せ型で声自体も細かったように思います。
努力でねじ伏せるようなところがありましたが、この世は努力だけではどうにもならないものもあるわけで、音楽の世界は本当に厳しいなと思いましたし、娘が言うには同級生全員が泣きながら練習室から出てくるのを見たことがある、という話です。厳しい!
音大や美大を卒業しても、それで食べていくのはやはり大変です。私がもし家族を養わなければならないとしたら、絵を教えたり販売することで、やっていけるだろうかと思います。
本当は芸術の道に行きたくても家族のために会社に入ったり、違う仕事をしている人もたくさんいらっしゃると思います。
そういえば、私の父もそうでした。小説家になりたくて30歳まで頑張ったけれど、わたしが生まれたこともあり、会社を始めて、その中で小説ではない分野で結局本を10冊ほど出しましたが、本意は小説が書きたかったでしょうね。最後に出したのは短歌集でしたから、こちらの方がやりたいことだったのでしょう。
だから、こうしてオペラができるというのは、大変なことだし恵まれているとしても、大変な道のりだったと思います。泣きながらも続けてきて、とても楽しめたし、上達していたし、よく頑張ったと思いました。
絵も音楽も、教えたり、発表したりしながらやって行く形が多いですが、会社に勤めるのとはかなり違いますし、好きなことが職業であることは本当に良いことですが、不安定ですし、何もかも自分でやる大変さもあります。
それでも、こうしてオペラという形で発表できて、続けることは大きいなと思いました。
私も死ぬまで絵を描いていきたいと思っているので、続けていきたいなと思います。今、前からやりたかった絵やレッスンをやりはじめていて、これまでの生徒さんとは違う分野になるので、どうなることかと思います。
これも自分の意思のようで、自然に起きてきたことでもあるので、天の意思とも思っています。だから、絶対大丈夫なはず!と不安との間を行ったり来たりすることもあります。
芸術で生活するのは大変だけど、傍に猫さんがいて、好きな世界に生きていられるのは、私にとっては無上の喜びでもあります。
今日は猫の日なので、みにばらさんの赤ちゃんだった頃の写真を少し。本当に小さくてネズミくらいの大きさしかなかったし、今も寸が短くて小さめです。
みにばらさんがいてくれるから、本当に幸せです。永遠に一緒にいようって決めています。今度みにばらの絵も描くよ!
だから、芸術で生きていくのは大変だけど、なんとかなったりもするっていう話でした。



