ちょっと間が空きましたが、認知症の母から学んだことの3番目(最終回)です。認知症と言えば、ネガティブなイメージしかないですが、うちの母の場合もそうでした。ところが、この2年間、電話で話す母は面白い!
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ブログにお越しくださって、ありがとうございます。
マレーシア政府認定のウェルネス・メディカル気功。そのウェルネス・メディカル気功の気功師(ジンジャン政府複合病院傘下の保健省認定ホリスティックセンターで気功施術者として勤務)でもあり、プライベートでも病気や怪我や身体の不調、メンタルヒーリングなどの対面式、遠隔施術の両方を行うRoseのブログです。
毎日を健康で楽しく元気に過ごすことを目指しています!月に1回、心と体の健康のためのZoom教室を開催しています!(現在、お休み中)
私に遺言を書くことを手伝わせるまでは、
意外と、頭もしっかりとしていたのに…
(実際には従妹たちが手伝ってくれました)
それが完成してからは、認知症も中度ぐらいに。
きっと責任を果たした、と思ったら、
急に衰えたのだと思います。
そう言えば、リタイアしたことも
認知症の引き金になったかと。
養父が亡くなったことも、一因。
糖尿病で患っていた配偶者に先に逝かれた母は、
急に面倒を見る責任がなくなった…
責任がなくなると、人間はボケやすい。
そう思えます。
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でも、認知症になってからの
母の方が幸せそう!
変な言い方ですが…
以前の母は、どうしてそんなに心配できるんだろう?
と思えるほどの不安で生きているような人間でした。
(母=左と、叔母)
ところが、老後に離婚した叔母が
母と一緒に住んでくれることになって…
それが大きな精神的な支えに。
それ以来、2人で支え合って
楽しく過ごしている。
叔母の存在が大きくて、
だんだんと認知症が進んでも、
精神的にも安定して幸せに過ごしている母。
決して愛情的には恵まれなかった母の
最後は、やっと幸せなよう。
このほぼ3年間の空白は、
娘にとっては大きな痛手だったけれど、
母親が幸せに暮らしていることが
分かるので、それは大きな救いでもあります。
自分の混乱した頭を客観的(?)に
笑える母なので、それも救い。
物事を暗い方に見るよりは、
今できることに感謝して、
笑えることは笑い飛ばし、
ただただありのままを受け入れて。
そうすると、なんとなく自然体で、
何の飾りもてらいもなく、
素のままで、シンプルに。
幸せ![]()







