5月5日の朝の空。ごみ捨てに行った時に見て、「たくさんの神様が喜んで、姿を現してくださっている。」と感じました。この日は、地元のお祭りでした。
 
昨日の記事の続きになります。
 
結局、おトイレだけで力尽きて、母は朝ご飯を食べれませんでした。
 
私が「お母さんは、そのまま寝ててええから。私がスプーンで食べさせてあげるから。」と言いましたが、母は食べたくないと言います。どうにか、OS1だけは飲んでもらいました。
 
そして、母は、そのまま眠りました。
 
お昼ご飯の時間になってきました。よく眠っている母をどうしようと考えつつ、私もお腹が空いたなあと。
 
そんな時、看護師をしている妹から電話が来ました。妹は、私の説明と母の話し方を聞いて、「救急車を呼んでええから、病院で診てもらって。」と。
 
私は、大急ぎで母の着替えなどを準備して、119しました。
 
10分くらいで救急車がそちらに行きますと。でも、10分もしないうちに、サイレンの音が聞こえてきました。
 
うちね、家の前に車を停めるのは、ちょっと難しい地形なんです。少し離れた大き目の道路から、ストレッチャーで駆けつけてくれました。
 
そうして、山手の方にある大きな病院に連れて行ってくれました。
 
救急隊員の方から、先に降りるように言われて、そのまま病院の職員の方に促されて、私は受け付けの方へ。母は別のところに運び込まれたようです。
 
問診表を書き終えると、検査室の前に案内されました。そこで、長い間待たされることになります。
 
私は、娘たちが入院した時のことを思い出していました。お子さんや高齢の親御さんの入院に付き添ったことのある方はご存じだと思いますが、入院の際には、色んな書類にサインすることになります。
 
娘たちは、それぞれ、3歳くらいの時だったかなあ、上の娘は怪我で、下の娘は病気で、しかも二人とも手術を伴う入院をしました。
 
入院の時は、夫がいましたが、手術の時は、私一人でした。結婚を機に、愛媛から神戸に来た私は、ほかに頼る人もなく、とても心細かったです。
 
入院の前にもですが、手術の前にも、いくつかの書類に同意するサインをしなければなりません。一つずつ丁寧に読みました。
 
記憶力のない私ですが、今でもはっきり覚えているのは、正確な文章ではないですが、麻酔から目が覚めないことがあります。という一文です。
 
今、書いてても涙が出る。もうすでにだいぶんメンタルやられているところに、この言葉は、本当にきつかった。
 
娘と、もう話せなくなるかもと。これが永久の別れになるかもと。当時の若いママの私は、真剣に思いました。
 
でも、サインしないと、手術してもらえません。もちろん、サインしました。
 
皆さんご存じの通り、あれから20年ほど。娘たちは、すでに二人とも社会人。元気で生きています。良かった。(笑)
 
そんなこんな経験があったので、今回の母の入院では、比較的、と言うか、だいぶん落ち着いていました。書類も、ざあっとは目を通しましたが、どんどんサインしていきました。(笑)
 
母の名前、私の名前に、住所や電話番号、何回書いたことやら。普段、字を書くのは、お買い物リストくらいの私は、右手が痛くなってくるほど。
 
書類を全部書き終えても、まだ呼ばれません。私の右隣りにも、左隣にも、同じように待っている方がいらっしゃいました。
 
すぐ横の椅子です。看護師さんとのお話が、聞きたくなくても、聞こえてくる。
 
右隣の高齢の男性は、遠方から駆け付けたみたい。弟さんが救急搬送されて、その方の娘さんも遠方から、こちらに向かっているらしい。詳しくは書きませんが、かなり深刻な状況でした。
 
反対隣りは、ご家族で待っていらっしゃいましたが、誰も何も話されてなくて。おそらく、おしゃべりするような気分にはなれない深刻な状況なのだと察せられました。
 
どのくらい経ったかわかりませんが、やっと呼ばれました。検査の結果、大腸が炎症しているということがわかったそうです。
 
連休明けに、主治医の先生が決まって、その先生から、詳しい説明と今後の治療のお話がありますと言われました。
 
母と会えたのは、4時。救急車を呼んだのは、お昼12時くらいだったと思います。目を閉じている母に話しかけると、目を開けて、私を見て、にっこり。言葉も少し交わせました。
 
妹たちと、家族に、LINEで連絡しました。最寄り駅まで病院のシャトルバスもあるのですが、なんだか歩きたくて。かなり山の方ですが、下りなら大丈夫かなと。
 
そうしたら、だんじりに出くわした。去年は、母と見ただんじり。引っ越して来たので、私も初めてでした。
 
今年も、母も私も楽しみにしていたんです。1週間くらい前は、母もまだ歩けてたから、家の近くまで来るだんじりを一緒に見ようと話していました。
 
でも、この日の前日には、家を出るのは難しそうだと。でも、家の中で、お囃子?太鼓や鐘の音、みんなの掛け声だけでも、母に聞いてもらおうと思っていたんです。
 
賑やかなお祭りの様子を見ながら、涙が出てきて。去年と同じ風景を見ていても、こんなにも違う思いになるんだなあと。
 
そうして、思い出した。病院で言われたこと。正確な言葉ではないですが、先生か、看護師さんから、もしもの時、心臓マッサージや気管挿入を希望されますかと。
 
私は、「もう85歳と高齢ですし、本人が苦しくなるような措置はしなくて構いません。」と答えました。
 
それを、ふと思い出だして、妹たちに伝えました。これで、二人は良かったかどうか、聞いたんです。
 
二人とも同意してくれました。良かった。
 
まだ、母、もう死ぬって状況では多分ないとは思います。詳しくは、今日の先生のお話を聞かないとわからないのですが。
 
看護師の妹によると、お年寄りが入院する時は、必ず確認される質問のようです。
 
遠方の家族が駆けつける時間稼ぎのためだけに、延命措置をしているのを子供の頃に見たことがありました。結構トラウマになっています。
 
まず、自分は、あんなことされたくないと思いました。そして、「いや、本人が生きている時に思い残しないようにしとけや。」って思った。「今、会ったって、本人と話もできんやん。」と。
 
きっと妹たちは母が田舎にいる時に、母に十分してくれたんだろうと思います。確認できて、良かったです。
 
家の近くの空の様子。なんだか、神様が慰めてくれているように感じました。
 
今日のブログ記事のタイトル、「私だけが」というのは、数日前のブロ友さんからいただいた優しいお言葉に、私が思ったことです。
 
ある方は、「温かく献身的に介護されて、お母様、幸せだと思いますよ。」と。また別の方は、「お母様は、ゆみこさんと一緒にいられるだけで幸せですね。」と。
 
昨日のブログに書いた骨董品屋の店主さんも、そう言ってくださいました。
 
そして、その日の帰りに会ったご近所のご婦人も。この方とは、これまで、ごあいさつをするくらい、せいぜい、お天気の話くらいしかしたことがなかったんです。
 
でも、母と散歩している時にも会ったことがあるからか、「お母様、お元気ですか。」と聞いてくれて。今の母の状況と、その続きで、私たち家族が、こちらに越してきた経緯などを初めて話しました。
 
そして、「お母様は優しい娘さんと暮らせてお幸せですね。」と。でも、私は、「田舎から遠方の慣れない都会に連れてこられて、どうなんでしょうね。」と言ったんです。
 
そうしたら、そのご婦人は、さらに、また、「お幸せに違いないですよ。」と。
 
今、思った。この会話、私が勝手に、この場所に呼んでくださったと思っているお地蔵様の前でのことでした。
 
今回、初めて、ゆっくり話したこのご婦人の言葉は、お地蔵様からのメッセージかも。なんか涙出る。
 
一体、何回泣くねん。と自分で突っ込んどきますね。(笑)
 
母もね、「お母さんは幸せよ。」って、何度も言ってくれてたのに。私は、それを母の優しさからの言葉だと、いっそう、申し訳なく思っていました。
 
当時は、この選択が一番だと思って、母に来てもらったけれど。田舎のことを懐かしそうに話す母に、機会あるごとに田舎に帰りたがる母に、申し訳ない気持ちが湧いてきていました。
 
でも、それは、当然のことで。私が母は幸せだと認めてさえいたら、母の話や希望を気持ち良く聞けたはずなんですよね。
 
はい、もう認めます。母は幸せです。本人も、周りのみんなも、そう言っているから、間違いないですね。(笑)
 
昨日の朝、マイガーデンで、綺麗な紫色のお花が咲いていました。何の花か、わかりますか。
正解は、じゃがいもさん。高貴さを表す紫色ですよ。
 
母のお腹の調子が良くなるまでと思って待ってもらっていた最後のお豆も収穫しました。
 
昨夜、またお豆ご飯を作りました。母のために、一善分だけラップして冷凍庫へ。
 
面会時間は午後の2時間だけ。入院の荷物が、思いの外、多くて。マジか!
 
最寄り駅までは、これを持って、えっちらおっちら15分歩きます。
 
実は、母の介護で腰を痛めかけてて。これは、本格的に介助方法などを勉強しなくてはと思っていたところだったんです。
 
腰に来ないように慎重に荷物を運びます。そうしたら、膝に来た。(笑)
 
まあ、こんな大荷物は、今日だけだと思うので。正直、入院になって、良かった。ぎりぎりのタイミング。妹よ、ありがとう。
 
母は、まだHCUというところにいます。調べたら、一般病室と、よく聞くICUの中間に位置づけされる病室のようです。
 
母、グースカいびきかいて寝ていました。でも、面会に許されている時間は、たったの15分です。
 
愛媛にいるおば、母の姉に当たる人ですが、母とよく電話で話してて。母のことを、まるで母親が子供を思うかのように気にかけてくれている人。
 
母が入院したなんて聞いたら心配しちゃうだろうと、どうしても母の声をおばに聞いてもらいたかったので、母を起こして、電話をかけてもらいました。
 
その時の写真も撮って、いとこ、おばさんの娘さんに、その写真と、母の状況を簡単にLINEで説明しました。おばさんも母も、かなりもの忘れが酷いので、周りのフォローが必須です。(笑)
 
連休が明けましたね。今日あたり、主治医の先生から詳しいお話が聞けるのではと思います。
 
今日も、私のブログに来てくださった方に感謝の気持ちを込めて、オラクルカードリーディングでメッセージをお届けします。
 
おー、素敵なカードが出ましたよ。これは、皆さんに見てもらいたい。
 
人生を不幸なものにしているのは、あなた自身です。いつまで、周りのせいにしているのですか。変わらなければならないものがあるとしたら、それはあなた自身です。
 
今がその時。やりたいことがあるのでしょう。「仕方がない」って?そんな言い訳、もう聞き飽きたんですけど。
 
死ぬまで、そう言って生きていくつもりですか。あなた、自分がいつまで生きられるか知っているんですか。
 
いつ死ぬかわからないんだったら、「今、自分は死んでも、1ミリの後悔もない!」と言えるくらいやってみたらどうですか。
 
以上です。私じゃないですよ。これを読んでくださっているあなたのお守り隊の皆さんが、そうおっしゃっています。キツイですね。(笑)
 
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
 
昨日のブログ記事にも、たくさんのお優しいコメントをありがとうございます。拝見して、私って、本当に幸せだなあと思いました。
 
お返事、もう少し待ってください。いつもありがとうございます。
 
ゆみこおねがいラブラブ