気がつけば2024年が明ける頃、私は38度越えの熱の中にいた。ここ数年、コロナ禍も気をつけていて、予備校に通ってる以上、マスクもしていた。

昨年末、30日の朝、少し喉が痛いなあ、、と思ったが、何とか乗り切れると思った。予備校に行っている以上、年末ギリギリまで、授業の中でもテストがある。論述試験、用語試験、5択、酷いのは3択の⭕️❌が全部合って2点とか😅💦そんな生活にも慣れた。

短くなった正月準備に、結果として無理をしたのかもしれない。もうこれで、テストは一旦終わりと思った気持ちが、一気に溶けたのかもしれない。

熱との闘いの布団の上で、何だか上下に動かされ、ギィギィと洗濯機の音が大きく、ギシガシと色んな音がした。16時10分頃だった。

心理学を学ぶ者として、学んだから知った者として改めて記しておく。

被災体験など、深刻で危機的な出来事に見舞われた人々に対して行う、人道的、支持的、実際的な心理的応急処置を、サイコロジカル•ファーストエイド:PFAという。
PFAの最初のニーズは、食料、水、情報などを満たす為に必要なサービスや、社会的支援の手助け、ニーズや心配事に関する話を聴いて確認し、安心して落ち着ける手助けをしたりする。具体的には「見る」「聴く」「つなぐ」を基本として、被災者の様子を観察し、話を丁寧に聴いてニーズを把握し、適切なサービスへつなぐことが求められる。

かつては、心理的デブリーフィングと呼ばれる、外傷体験の報告やその時の感情体験の表出が有効とされていたが、現在では有効性がないことが確認されている。

PFAの介入では、話を聴いたり、手助けはするものの、押し付けたり無理強いの支援はしないことが申し合わせられている。

もちろん、親族身内や、同じ体験をした人達が、話すことで共有したり、落ち着かせることは大切である。

上記の段階を過ぎ、それでも地形上のボトルネックで、まだまだ救助の手が届かない現場、そして避難所では水や寒さ、お風呂や衛生状態など、様々な問題が出てきている。

各方面から、支援のスペシャリストチームがそれぞれ現場と連絡を取りながら向かっていると思われるが、まだ1週間、である。

このような大地震を経験し、未曾有の落ち着かない状態に次々と襲われて、殆どの人が心的外傷を受けるのは当然である。PTSDは症状が1ヶ月以上続いて、社会的活動に大きな支障が出た時に通常診断されるが、1ヶ月以内でも、急性ストレス障害に見舞われるかもしれない。誰もが耐えている現場だからと、我慢することもあるだろうが、それでも変調は周囲に伝えて助けを乞うべきであろう。

避難所では、若い人達や動ける人がボランティアをかってて出て、被災者同士で支え合っている場所も多くある。

若い人達なら、受験を目の前にしている人や、何かの資格試験などに向かっていた人だっているだろう。

今はでも、、避難所でこのボランティアをして、支えなければ、、という人もいるだろう。

疫病や自然災害や、思わぬ不可抗力によって、思い描いた人生が急にガタガタとすることがある。

それでも、、今目の前のことは、自分が頑張られなければ、自分がやらなければならない、ということがある。他の人では代われなくて、例え代わってもらったとしても、自分にも後悔が残る事例だ。

不可抗力はどうしようもない。
しかし、たいていの場合は時間が解決する。今は困難なめちゃくちゃな事でも、時間が経つことで改善に向かっていく。

その時間に辿り着く為には、今のむちゃくちゃな時間を乗り越えなければならない。むちゃくちゃな時間も、1つ1つ、乗り越えていく事で、次につながる手応えがあるはずである。

むちゃくちゃな時間を乗り越えた時、もしかしたら、自分だけ本来の仲間から取り残されているかもしれない。その仲間に戻る為の時間が、寄り道で残されていないまま、本来の挑戦に立ち向かわなければならないかもしれない。

私はそれでも思う。
程度の差はあれ、何回かそういう場面にあってきた。けれども、不可抗力のむちゃくちゃな時間には、非日常の経験がある。非日常だからこそ、そちらを優先しなければならなかったのだ。その非日常の為に、1年2年、人生の計画が狂ったとて、取り返しのつかないものとは思わない。

大阪人は稀有なエピソードを「おいしい」と、結構いう。病気や災害や、そんなものさえおいしいとは、アホちゃうかと思うが、稀有なエピソードを乗り越えてきた中に、その人がどう生きてきたか、生き様が深く塗り込まれていると考える。

大変な瞬間こそ、何とか何とか
乗り越えよう。
その先にあるのは失うものばかりではない。

1つ1つ
不可抗力の先を歩む道に
必ず新しい道が出来る。