世の中に 絶えて桜のなかりせば
春の心は のどけからまし
在原業平(古今和歌集)
世の中にもし桜が無かったなら、ああ、桜はいつ咲くだろうか、もう咲いただろうか、まだ散らぬだろうか、と思い煩うことなく、穏やかな春を過ごせただろうに。
平安の世も、桜に思いを馳せ、美しく短い花の時期に、思い重ねて、心乱れて過ごしていた。
少しの桜が見られたらいいと思っていたのに、一気に咲いてしまわれて落ち着かない。
義父の月命日。お彼岸に行けず近いうちにと思っていたので、1人で行くことにした。
どちらかというと紅葉の名所。山桜でもあればと登ると、あちらこちらに見事な山桜
義父は春も、墓への道が美しいことを知っていたに違いない。人の少ない春の遊歩道は、のどかで、どこか冷んやりもして、爽やかだ。
義父の愛した地。四季折々の山の表情。
猿も出ます、カラスが襲います、鹿も来ます、墓地に、今日は誰もいない。
墓地の供花は、猿が食べるからと高野槙か樒(しきみ)と決められている。綺麗な供花が束で落ちている。見ると前のお墓の色鮮やかな花を、猿達は抜いて赤い所を食べたらしい。赤い花びらが散っていて、義父に断り、お墓の主にも何回もお参りしてから、お墓の掃除をして、供花をお戻しした。
それから義父の墓を。心を込めて磨いて掃除した。よそ様のお墓を触ってはいけないが、生前、義父はあらゆる人に心配りをする人だった。
いつも穏やかで優しく、13年間のお付き合いだったが、学ぶことばかりであった。言いたいことも沢山あられたであろうに、私が知っている義父は、いつもスタバのマグカップを片手にコーヒーを入れ、庭の見えるお気に入りのジャックダニエルか何かの椅子に座っておられた。
表向きはよく喋る方であったが、熟考して熟考して、答えを出す方であった。
みんなで集まって、夜遅く思い思いのアルコールを手にして話している時も、義父の右手は電子レンジの回りや中を掃除していた。
義父の部屋はいつも綺麗に片付けられ、少年のように飛行機の模型があちこちに吊られていた。机の中は、綺麗に測られた手製の箱の中に、消しゴムやホッチキスの芯や、巻き尺や、あらゆる文具が一目でわかるように整理整頓されていた。
電球や乾電池は、予備が用意されていた。
「世界中でどこが見てみたいの❓」
「、、エーゲ海。本当に青い海のあんな
世界があるのなら、見てみたいです」
「行って来たらいい」
義父の墓から見える桜は本当に美しくて、これなら春も寂しくはないですね、、、
陽が長くなり、マスクを取って、墓石を一生懸命掃除していてもいい春が来た。
桜の花の遠くの空に月も見えて、、、
静かな山荘の前を通ると、懐かしい魚の甘い煮付けの匂いがした。夕暮れの空を急ぎ歩くと、温かく灯った家庭の窓から流れてきた、遠い日の匂い。
耳を澄ませば、目を凝らせば
遠い日に見た温かい光景は
変わりなく今もある。
あの日、
先人達が与えて下さった
温かい風景、時間、思い。
2020年3月29日。
志村けんさんがお亡くなりになられたのは
3年前、新型コロナであった。
パンくんが大好きな志村園長と
離れたくない素敵な動画がありますが
貼ることができません🙇♀️🙇♀️🙏
大好きな人ってこういうことなんだろう。
せっかく逢えて楽しい時間を過ごしたら
別れたくなくて、、、
一緒にいて楽しい大好きな人だから。
パンくんを受け止めた志村園長の笑顔。
一瞬、カメラマンに向けて
困ったなあ、、という優しい笑顔と
パンくんを抱きしめる温かい笑顔。
ここは多分、阿蘇。
懐かしい夕暮れの中の温かな一瞬。
子ども時代に1人でも多く
大好きな大人の愛に包まれることを
大人になったら
多くの人たちに愛を注げるように
コロナのようなもので
もう人が命を落とすことが
ありませんように
理不尽な思いをしている人々の
未来が変えられますように
戦争なんか絶対しない
今生きている私達がしっかりと
バトンを引き継がねばなるまい
ご冥福をお祈り申し上げます















