遠くに住む75歳の叔母が
終活で写真の整理をしていると言って
昨日
私との写真を送ってきてくれた。
私の大好きな叔母(母の妹)。
叔母はこの時まだ10代。
私はお座りができるようになったばかり。
人生で初めてこの写真を昨日見た。
私はこの写真を持っていない。
今はもうない実家の庭。
実家というか
子供の時は
母方のおじいちゃん、おばあちゃんとも一緒に住んでいたので
正確にはおじいちゃんの家の庭。
今は私は雪のよく降る田舎に住んでいるが
この家は横浜と湘南のちょうど境目。
この当時は自然がまだいっぱいだった。
私は自分の母より
この叔母に性格が似ている。
雰囲気も背格好も髪質も
母よりこの叔母に似ている。
病気がちだった私の妹に
母がつきっきりになっていることが多かったが
そんな時は
叔母がいつも私を連れて出かけてくれていた。
叔母は結婚してからも
いつも私を連れて歩いてくれていた。
おしゃれでいつも笑っていて明るくて…
私の第2の母だった。
寂しい時はいつも叔母がそばにいてくれた。
叔母さんだけど叔母さんなんて呼んだことがない。
この若さで叔母さんになっちゃったから
名前でしか呼んだことがない。
本当にいつもありがとう◯◯子ちゃん。
あなたがいてくれたことで
私はグレなかったのかもしれない。
私はこの家に18歳まで住んでいた。
小学校の高学年から中学校時代の5年間は
ここから少し離れた別の場所に
核家族として父・母・妹と4人で住んでいた。
母が親からの独立を望んだからだ。
でも
私が中学を卒業する3月の終わりに
父の転勤が急に決まった。
私が目標にしていた高校に受かったばかりだったので
父だけが単身赴任した。
しかし
自由になった父がすぐさま浮気した。
それが発覚したことで
母と妹は父の単身赴任先に引っ越した。
(実際はすったもんだあったけど割愛)
結果的に
私一人がおじいちゃんの家に残り
おじいちゃんとおばあちゃんと私との3人暮らしになった。
ここから高校に通い
朝食もお昼のお弁当も夕食も
毎日おばあちゃんが作ってくれていた。
原付の免許もこの家から取りに行ったし
車の免許の教習所もこの家から通った。
大学1年の時もここから頑張って大学まで通っていた。
でもあまりにも遠くて大変で
大学1年の終わりに
大学近くのアパートで一人暮らしを始めた。
そこまでが
この家での私の人生。
ここに住んでいる高校時代に夫と出会ったので
夫もこの家に足を何度も運んでいる。
だから夫もこの家をよく知っている。
この写真も昨日叔母が送ってきてくれた。
この写真も初めて見た気がする。
写真を撮った記憶さえない。
おじいちゃんとおばあちゃんと夫と私。
まだ結婚する前。
おじいちゃんの家(実家)の応接間で撮った写真。
当時で築50年以上はたっている家だった。
多分この4人の写真は他にはない。
ちなみに夫はこの頃、人生で一番太っていた
結婚してから20kgダイエットさせた💪
おじいちゃんはこの5年後亡くなった。
その後しばらくしておばあちゃんが亡くなり
この家も土地もなくなった。
今はアパートが2棟 建っている。
近所もひしめき合うように家が建って
同じ場所とは思えない風景になった。
私の夢に出てくる家は
いつもこの家。
今はもうないこの家だが
家の扉の開け閉めの音や
電気のスイッチの場所や
床のテカリや
円形のヒノキのお風呂や
昔のぼっとんトイレの様子や
庭の植木の配置など
事細かに覚えている。
この家に住んでいるころは
時間がゆっくり進んでいた。
近所の人も温かくてなんでも人に話せた。
今は本当に忙しくて
時間が一瞬で過ぎていく。
悩みが多くて
だからと言って
何か言うと非難されてしまう世の中になった。
あの頃に帰りたい。
この家に帰りたい。
おじいちゃんに会いたい。
おばあちゃんに会いたい。
そして母に会いたい。
でももう家はない。
でももう誰もいない。
帰りたいけど帰れない。
だから
人生 悔いなく生きなきゃいけないんだよね。
そんな話を叔母とした。
今日も笑顔でがんばろう![]()
私がブログに楽しいこと嬉しいことしか書かないわけは…



