世の中、実に様々な質の人々が存在しており、
理不尽なことの方が多いのではないか?と思われること致し方が無い。

神と呼ばれる存在でさえも、片寄りがあるのだから。。。
(人々が認識しているような、認識できるような神という存在)

パズルのピースは凹凸があって、
1つのパズルを完成させるには、
それぞれのピースを繋ぎ合わせなければ、
完成出来ない。

そう。この世界はパズルのようなもの。

欠けたピースの分だけ、
新たなピースが出現してくる。
この流れも世の常なのである。



1つのピースで完成する世界ほど味わいも無く素っ気もヘッタクソれもない世界はない。

この一体の身体の中にでさえ、
パズルになっているのである。


様々なヒトたちを観察していると、
私も含めて、片寄ってるなと思う時が多々あります。


ある時、
私が放った言動に悪意を感じると言ったヒトが居た。
その時の私は悪意を持ち合わせていなかったし、何を言っているんやろ?はて?⁽⁽◞(꒪ͦᴗ̵̍꒪ͦ=͟͟͞͞ ꒪ͦᴗ̵̍꒪ͦ)◟⁾⁾?っとなった。

彼からしたら、
悪意に感じたのが結果的にあったので、
よく分からない状態で謝った。

こんな感じで、
本人の想いとは裏腹に相手側からすれば、
悪意を感じるといった差異があったというお話。

彼の経験上(トラウマなどを含め)、
傷を抉ぐるものだった。

誰一人として、
まったく同じ感覚をもつ者は居ないし、
完全に理解し合えることは皆無。

出来ることは互いに容認することのみである。


この悪意という感覚でさえも、
凸凹であるから感じることが出来る。
ネガティブなことかもしれないけれど、
このように感じることでドラマを産み出し、
活動エネルギーに変換することが可能になっていく。物語を紡ぐ1ピースになる。


人間であることは
色々な体験をするための形なのです。
片寄っているからこそ、様々な物語が産み出されているのです。


ONELOVE
TOMO.