一年前の今日、母が亡くなりました。
先日、母が最期に入院していた病院の前を
たまたま車で通ったんです。
亡くなる前は毎日通っていたその道も
亡くなった日から一度も通ってなかったので
あの頃の事がぶわっと一気に思い出されて
思わず涙が出そうになりました。
亡くなった日の1日のことは
今でも細かいことまで鮮明に覚えていて
きっと忘れることは無いんだろうなと思う。
亡くなる前、お客様に
『どんなにやっても後悔するから、
出来ることはやってあげてね』
と言われたことがあったのですが
私の中に後悔は全くありませんでした。
ガンが見つかった時
もう遅すぎて手の施しようがなかったし
その中で私たちが選んだ
抗がん剤治療はしないことと
最期はホスピスに入ることは
その選択をして良かったと心から思っています。
亡くなった時は
本当に『お疲れ様』と思えたし
ガンの発見が遅れたことは残念だったけど
母の性格上早期発見は難しかったかなと思うし
わかった時余命半年以内と言われて
実際は4ヶ月だったけど
それでも、お別れまでに
心の準備がちゃんと出来てありがたかった。
亡くなってすぐは
後悔と言うより
母は本当に幸せだったんだろうか?
もっとしたいことがあったんじゃないかな?
と思うと泣けてきて
なんでこんなにも頑張ってきた人が
人より早く亡くならないといけないんだろうって
悔しくもあったけど。
でも、母は自分の人生を最期まで全うしたし
家族や職場の人にも愛されていたし
きっと幸せだったと思います。
今日家族でご飯を食べに行った時
父が、母の日記を見たら
悪口がいっぱい書いてあったと言っていた。
母は亡くなる前に私に日記の処分をお願いしていた。
それには父親の悪口がいっぱい書いてあるといっていた。
でも、それを書いたのは本当に辛い時期で
今の話ではないから
それを読んでお父さんが傷付かないようにという
母の心遣いだった。
それ以外に日記を書いてたのは知らなかっけど
もしかすると、父は自分のことが書かれていても
自分の事とは思わないかもね。
と姉と話していました。
母は本当に我慢我慢の人生だったと思う。
病状が悪化していった頃
母はよく子供の頃の辛かったことや
結婚時代の辛かったことを私や姉に話して
時には泣いていることもあった。
でも、それを今までずっと自分だけの心に留めて
生きてきたんだと思うと辛かった。
すごく忍耐力のある人で、それが逆に
末期になるまでガンの発見を遅らせたことにも
繋がったんだと思う。
でも、それが母の人生だし
それに対しては仕方ないとしか言えない。
我慢するって本当に体によくないなと思う。
自分勝手はダメだけど
自由に生きるって大事。
父はそういう意味ではすごく自由で
きっと長生きするだろうなと思う。
もう今年79歳になるけど全然元気だしね。
自分の人生はある程度自分の思うように作れるはず。
場を変えれば、行動を変えれば
それだけで激変するのをたくさん見てきた。
変わらないのもある意味自分のチョイスだ。
私は自分の思う人生を作りたい。
もし結果そのようにならなかったとしても
人目や他人の意見を気にして世界を狭めたくない。
もう42歳だけど
人生はまだ半分残ってて
これからも私はきっと激変するのでしょう。
そう思える私に育ててくれたのは
間違いなく母が大きな愛を生涯与え続けてくれたから。
私は母のような人には絶対なれない。
それでも、私は私のやり方で
息子には愛情を与え続けようと思う。
人は愛されてる実感があれば
辛いことも乗り越えられると思うから。
こんなに小さかった私たちは
自分で仕事をして子供を育てるまでになりました。
これからも
ずっと
ずっと
私たちを見守っていてください。
お母さん、いつもいつもありがとう。

