パート3からの続きです。
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(あぜ)
高校は第一志望以外全て不合格になって、そこしか行くところがなかった。
結構いい高校だっただけに、3年間勉強し続けたくないと思った。
遮断しないと自分の魂を保持できないと思った。
部室で仏教や哲学に入りこんだ。
生徒会役員で集まってバンドを組んだ、僕も参加していた。
文学部では戦争反対の雑誌を出したりしていた。
三無主義者を名乗って仲間を集った。(無気力・無関心・無責任)
勉強することが正しいことだと思えなかった。
それなのに、高校のときに塾へ通ってしまい、なぜか良い成績を打ち出してしまった。
そのため、無理がたたったのか大学のころは、2年浪人していて、ボロボロになっていた。
ものすごく大雑把に言うと、
神経症は、社会通念や自分がしなければならないと思うことができずに、現状の自分との板挟みにあって苦しんでいる状況です。
人格障害は、人格が未形成なときに問題が起きて形成するうえで支障となってしまった状況。
セラピーをやっていくうえで、クライアントは正しいことに対する恐怖感があることを念頭においている。
いまは何が正しいのかがわからない時代なので、正しい価値観がわからないので苦しい時代。
高須賀さんのお父さんは、当時は休む間もなく仕事をするべきという時代だったので、家族をかえりみずに仕事に没頭しなければならないことが悩みであった。
ところが、現在は何が正しいのかということが怪しくなってきている。
何を決断して、どのように動くのかは、自己責任となってしまっている。
(みか)
いまのお母さんは、よりどころがないままで育児を任されているので、どうすればいいのかわからずに苦しんでいる。
(あぜ)
かつて持っていたつながりをどうやってとりもどしていくのか、独自の思いを持ちつつ、どのようにまわりとのかかわりを持っていくのかが課題。
高須賀さんって、なんでコーチをやっているの?
(高須賀)
よくわかんないんだな。
芸として。
出来るからやっている。
(みか)
あぜさんと高須賀さんってよく似ていますよね。
Mixiでもあぜさんが珍しく自分からメッセージを送っていた。
(あぜ)
僕は依頼がないと動けない人なので、自分からメッセージを送るのは珍しいことだった。
他人と思えなかったからね。
青春とか若者という言葉は70年代くらいまでだった。
いままでとは違うという価値観。
(高須賀)
なんかやりたいけど既に全てがやりつくされて、それが閉そく感になっていた。
(みか)
お葉書が届いております。
------- さっちんさんからのお葉書---------
世代間の話は、20代の人も含めて話を聞いてみたいですね。
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いろんな世代の人の話を聴くのはおもしろそうですね。
(あぜ)
80年代以降世代は新しい世界を作っていくという感覚が無かったですね。
閉そく感しか知らない世界しか生きていないので。
流行語も冴えない単語ばかりだった。
いまはインターネットが普及しているので、その媒体を通じて各自でコミュニケーションする機会がある。
いまの時代でないとセラピストとしてやっていくのは大変だったと思う。
多様化の時代であるからこそ、自分のような生き方が認められるのだということで、とてもありがたい。
(みか)
私たちは模索して提示するのです。
(高須賀)
まさに大事なことですよね。
パート5へ続く。
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