先日、高校生の従兄弟が
大学のオープンキャンパスのため
福岡に行くということで
私たちも便乗して行って来ました。
私たちの目的は、最後 玲が行けなかった
アンパンマンミュージアム。
アンパンマンのパンが大好きで、
病気になる前も
横浜のアンパンマンミュージアムで
嬉しそうな姿をたくさん見せてくれました。
玲自身もその記憶があって、
「元気になったらまた行きたい!」
とずっと言っていたアンパンマンミュージアム。
本当なら、USJから帰って来た
翌週末に行く予定で計画していたのですが
アンパンマンだけは間に合いませんでした。
亡くなる日の夕方もアンパンマンの
パン工場のおもちゃを見ながら
「明日アンパンマンとこ行きたい!」
と言っていました。
だから、絶対にこの夏休み凛と玲と
行こうと思っていました。
ウィンナーの入ったフランクくんパンも
ちゃんと買ったよー!
「玲の好きなダダンダンとホラーマン!」
凛とたくさん玲を思い出しながら
ミュージアムを回りました。
玲も一緒にいたのかな?
そして、従兄弟のオープンキャンパス。
九大に送って行きました。
今年1月。
ICE5コース目に増悪し、VDCに移行。
そのVDC療法中に、
セカンドオピニオンに訪れた九大です。
2月の雪の降る寒い寒い日でした。
私たちはここでも
あたたかさと優しさ、そして自信に溢れた
素晴らしい先生方に出会えました。
「これまでの経過や画像を見る限り、
今後の見通しはかなり厳しい状況である。」
そうハッキリとした言葉で、
改めて玲の置かれた厳しい現状を
目の当たりにしました。
今の玲の状態ではオペは行うべきでないこと。 このVDCにかけるしかないこと。
そしてVDC後に2回連続の大量化学療法。
全てうまく奏功した場合に、
仕上げの陽子線または放射線。
「 我々でも宮大と同じ
方針で行くと思います。」
そう言っていただき、
玲にはこの道しかないこと、
そしてそれを信じて突き進むしかないことを
あの日決意しました。
ただ一方で、
「やはりこの病気は、他の小児がんに比しても
極めて難治な疾患であり、
根治を求めて治療を重ねることが、
かえってお子さんの身体的、精神的負担に
なりうることがあることも
我々大人は認識しておく必要が
あると思います。」
とも言われました。
2回連続の大量化学療法も
優位に効果があるとは
言い切れないこと、
またその大量化学療法中に
何が起こってもおかしくないこと、
しかしそれが玲の唯一の根治を
目指す道であること。
厳しい内容ではあったけど
その話し方は、私の気持ちを
とてもとても理解してくださった
丁寧であたたかい言葉でした。
夜、宮崎に帰って、凛が寝たあと
リビングで大声で泣きました。
玲を失うかもしれないという恐怖に
耐えられなくて、泣き喚きました。
だけど、次の日病室に戻ると
ベッドにちょこんと座った玲が
笑顔で「よっ♡」と言ってくれたこと
昨日のことのように思い出します。
この可愛い玲とずっとずっと
一緒にいれますように…
もう病気治らなくてもいいから
どんな姿になってもいいから
側にいてくれますように…
心からそう思っていたこと
九大に行くと、一気に思い出しました。
たった半年前のあの寒い日
私は玲が大人になることだけを必死に願い
すがるような気持ちでここにいたんだな…
半年後、私の腕には玲がいなくて
淋しさの中 凛と生きているなんて
あのときはまだ想像できなかったな…
そんなことを考えては
あの日に戻れるなら戻りたいなって。
戻ったところで結果は何も変わらなくても
それでもあの日に戻って
また玲を抱きしめたいなって思いました。
九大から戻ったあとも
何度も何度もあったカンファレンス室での
辛い告知のあとも
病室に戻ると、いつもこんな顔で
「よっ♡」と言ってくれました。
いつも明るい玲がいたから
最後まで心は壊れずに
戦うことができたんだと
改めて思います。
玲 ありがとう。






















































