私たちは、人ぞれぞれ
違う気質や、性質を持って
違う境遇・環境で、生まれ育って
だから
自分とは違う価値観や意見が
出てくるものなんだと思う。
みんな大切にしたい
思いや意見があって、行動がある。
それぞれに違う
大切にしたい価値観や、言動がある。
ところで
海外に暮らすことになって
「自分の常識は
誰かの非常識 だったんだ!」
そう、何度となく
思わされたかわからない(苦笑)
そして
どちらがいい、悪いではないのに
「これが、当たり前!」
「これが、普通!」
「それは、おかしいよね?」
そう、自分と違う相手に
いつも思っていた、自分がいたんだ。
そして、まだ
相手が、外国人だと思うと
「ああ、仕方がないよねー」
だって
「私たちって、そもそも違うもんね」
と、思えるのに
日本人に対しては
同じだと思うからこそ
「なんでそうなの!」って批判的な
そう思ってしまう
自分もいたのも、確かなんだ。
私たちは、大切な人にほど
その期待が、大きいからこそ
1つでありたい
わかってほしいと思うから
自分と、違う意見や考えを
相手から、言われた時に
相手から、切り離されたような
否定されたように、感じてしまって
「私のことが嫌いなんだ」
「私のことなんて、
どうせ、わかってくれないんだ」と
相手と話し合うこともせずに
自分一人で、思ってしまって
大切な人との関係性を
壊してしまうことがある。
私たちは、誰かと
一緒でありたいからこそ
自分と違う意見に
傷ついたり、悲しくなったり
怒りが湧いてきたり
戦ってしまうものだと思う。
でもね
あなたと違う、意見や思いは
あなたを決して
否定しているわけじゃない
あなたをダメだと
言っているわけじゃない
ただただ
自分は こう思うよ
これを 大事にしているよ
そう、表現しているだけなんだ
それなのに
自分が攻撃されたように
感じてしまったことから
相手に反撃を試みて
お互いの関係を壊してしまったり
心を閉ざして、自分の殻に
閉じこもってしまったり
お互いの違いに戦うことや
殻にこもってしまうことが
大切な人との関係性を
自ら、壊してしまうんだ。
価値観の違いや、意見の違いは
お互いが寄り添って、話し合うことで
「だから、そうだったのか」って
深く分かり合えることができるから
わかってほしいと思うからこそ
理解しあいたい関係性だからこそ
傷つくことを恐れて
話し合うことを放棄するのではなく
共に生きていくための
本音のコミュニケーションをとっていく。
そのために
神様は私たちに、言葉という
プレゼントをくれたのだと思うんだ。




