私たちは、自分の中に

 

 

 

「こんな自分は、好きだ」

誰かに見せられる、自分の光の姿と

 

 

「こんな自分は、好きじゃない」

誰かに見せたくない、自分の闇の姿と

 

 

 

光と闇、どちらの自分も

共存しているものなんだと思う。

 

 

 

 

 

そして

自分がないことにしたい

 

認めたくない、闇の自分を

私が大嫌いな、本当の私を

 

 

 

「そんな私は、愛されるはずがない」

「そんな私は、認められるはずがない」

 

「そんな私は、否定されるに違いない」

「そんな私を、批判されるに違いない」

 

 

 

そんな思いのメガネをかけて

自分の世界を見ているからこそ

 

 

相手の言葉や、態度がそんな風に

見えてしまうんだと思うんだ。

 

 

 

 

 

でもね

 

自分が肯定できる

素敵な自分になっていくから

 

自己肯定が

できるようになるのではなくて

 

 

 

「こういう私もいるよね」って

「こんな本音があるよね」って

 

 

ダメな自分、かっこ悪い自分

情けない自分、葬りたい自分も

 

 

ただただ、そのままに受け入れて

「ある」ことを認めることができた時

 

 

 

 

自分がないものにしていた

誰のものでもない、自分の魅力や才能も

 

 

ただただ、そのままに受け入れて

「ある」ことを認めることができて

 

 

 

 

飾らない、素顔の私を

愛おしく思って、好きになれるから

 

 

自分らしさのままに

この命を生きることができ

 

 

 

素顔の自分を認めあえる

愛しあえる人とも出会えるんだ。

 

 

 

 

 

自分を好きになる、愛することって

自分を批判しないことから始まるもの

 

 

 

 

かっこ悪い自分も、素敵な自分も

どんな自分も、愛おしく思えるから

 

 

自分を好きになって

自分らしさのままに生きていけるんだ。