7時40分頃 北の空

「随分と更新が止まっていますがどうされましたか??」とのメッセをいくつもいただきながら失礼していました。
3月20日に父が亡くなりました。
土日挟んでの事務手続きはなかなか進まず
4月中頃まで予約とれず。
脚が悪く運転をもう止めてしまったので
バスでの移動はいろいろと事が遅れる。
忌引中に春休みが始まり、
4月から新1年生の受け持ちになり、
早番、遅番の毎日。
同僚の母に対する思いやりの言葉や
周りの人たちの支えにあまえながら
何とかここまでこれた。
父の急な施設入所以来、面会・通院、
入院してからも、急変してからも
いつもより添い、祈り続けてくれた
周りのひとたちに本当に感謝です。
亡くなる前日、学生時代の恩師が2人
父に会いに来てくれ
ともにお礼を言い合い、
きちんと別れができていたことは
ただただ感謝です。
人生で家族以外に会ったのが
大好きな人たちで父もとても喜んでいたと思う。
翌日、呼ばれて着いたときは
とても穏やかな顔の父だった。
「死んでるよね?」と冗談が出るくらい。
痩せたので顔がシュッとして少しヒゲも残って思いのほかダンディだったので
皆が遺影はこの顔がいいと言う始末。。
端から見たら不謹慎に思えることでも
サービス精神旺盛な大阪人の父には
皆が笑っていたらそれだけでいい。
葬儀中の礼拝もその後も
父のエピソード満載で皆が笑っている。
ほんわかと温かい雰囲気ですべてが終わりました。
その後、訪ねて来てくださる方は
涙していてもみんな笑って帰ります。
父に対してはいろんな想いがあったけど
自分ができることはやってきたので
悔いはなくやりきった感でいっぱい。
強いて言うなら🌸桜見せたかったな。
お父さん今までありがとう。
沢山の人達、いろいろとお世話になり
ありがとうございました。
ちなみに希望通り?今たくさんのお菓子やお供え物で父の写真が埋もれています
本望やね😁