こんにちは![]()
れあれあです。
![]()
![]()
![]()
先般、とある祝日に
ひとり勤務してくださった
同僚君から祝日勤務のあれこれを
話てくれました。
『僕が祝日勤務日の時だけ
問題が大量に発生する。』
『僕だけ、運や神様に
見放されているのではないか。』
『僕に恨みのある誰かの怨念ではないか。』と
あれやこれやと
冗談半分で憂いていらっしゃいました。
この同僚君の特性上
かまってちゃんというか
自己憐憫の濃度が濃いタイプなので
”そんなことないよ(*´з`)”
と否定すると
『いやいやだって、
あの時だって・・・
不運エピソードを連ねるのが通例なので
”そんな中、大変だったでしょう( *´艸`)”
”どうやって対処したの(´艸`*)”
・・・とひとしきり
あれこれ当日の話をお伺いしましたのでした。

ひとが本当に面白いな、と思うのは
なんらか、きっかけのある出来事があって
その出来事に対して
自分の脳内で
あれやこれやと二の矢、三の矢を
飛ばしまくる特性があります。
二の矢、三の矢の種類ですが
あれが原因ではないか
これが原因ではないか
・・・と
物理的な原因、要因を
探るパターンもあれば
その原因に対して
あいつのせいだ
こいつのせいだ
己のあのときのあれのせいだ
・・・と
自己/他者への責任追及パターンもあれば
あのことを学ばせる為
このことを学ばせる為
・・・と
己を納得させる啓示パターンなどなど。
出来事にくっついてくる
空白を埋めるが如く
脳内のCPUの検索エンジンが
フルスロットルになります。
それで本能的に
自分の中で納得のさせる為、
自分の中を安心させる為、
そんな隠れた目的が
あるのかもしれませんね。
でも、その二の矢、三の矢と
矢が放出続きの時は
その矢は頭の中だけのことであって
バーチャルなこと。
そこにフォーカスしすぎたり
その矢で生じた考えを他者に押し付けると
相互に健康的な結果を招かないような
傾向があるように拝察しています。
カメラをズームアウトするように
自分が放出した『矢』の
色や種類を眺めて
粛々と淡々と
その出来事の結果に
折り合いをつけていけるように
なりたいです。
はなった矢が
健康的な方向性の行く手を
遮る前に。
特に私。
本日のムフムフです。
お辞儀しているように見える
長井さんです。
※長井さん/丸井さんとは
レンズのゴースト現象による
緑色の光の帯に映る
長い/丸い影の個人的な呼称です。
撮影しているのはSONYのスマホです。
本日もご来訪ありがとうございました。
皆様と
皆様に関わった
全てのひとが
皆様のエネルギーに触れて
幸せな記憶が残りますように。

