伯父さん | れあれあ

れあれあ

身長148cmのちびっこ40代のよもやま話

グリーフケア心理カウンセラー(悲嘆療法)
アドラー流メンタルトレーナー
臼井式レイキティチャー 
ライタリアンレイキマスター

こんにちはニコニコ

れあれあです。


ツンのニャンコ禰宜





デレのニャンコ禰宜
 

 

まりおたんまりおたんまりおたん

先般、実家の群馬の親元へ
家族でお邪魔しました。

先月、父の長兄(私からみると伯父さん)が
肺炎で96歳で永眠しまして

急だったので葬儀参列できず
父からも
納骨完了したら、墓参りでおじいちゃん
指示を受けておりました。

父と伯父さんは年齢差が12歳。
父は昭和15年生まれなので
伯父さんは昭和3年生まれ、
第二次世界大戦中真っ只中の
幼少期ということになります。

父の
お父さん(わたしからみるとおじいちゃん)は
父が小学生の頃逝去していて
お母さん(わたしからみるとおばあちゃん)は
父が中学生のころ逝去したそうで
伯父さんが親代わりだったと
父は申しておりました。

その為伯父さんは中卒だったかどうか、
はやくから仕事について
家計を支えていたとのことでした。
しかしながら戦後混乱期ということもあり
家計に余裕があったわけではなかったそう。

父は実は学業の成績がよく
電気関連の
化学者になりたいという夢があったそうで
父の先生が伯父さんを説得して
奨学金を獲得して
高校→大学へと進学することに
協力してくれたとのことでした。

その後父は、
電機メーカーの研究/開発職につき
その後、教員へ転職したのでした。
 

伯父さんに私が出会ったのは
当たり前ですが
赤ちゃんの頃からで
伯父さんですが
まるでおじいちゃんのように
猫可愛がりしてくれました。

両親共働きだったこともあり
夜祭りに連れ出してくれたり
自宅で餅つき大会なんかも
設けてくれました。
お菓子やお小遣いも
沢山頂きました。

父母が夫婦喧嘩をすると
怒り狂った母は
伯父さんを自宅に呼びつけ
伯父さんが仲裁したり
母の父へのクレームを
淡々と聞いてくれていたのでした。

母が伯父さんのことを
”教養がないから話にならないムキー”と
なじっているのが
私には苦痛でした。
母のほうが
よっぽど非道でした。

が、伯父さんは
そうなんだよ、と
穏便に受け入れていたのでした。

たしかに学歴は少な目だとしても
幼い私の視座からみても
伯父さんは愛情と人徳が深いことは
明白でした。

伯父さんが自宅に引き上げるとき
私をみて
”子供が一番苦労するよなおじいちゃん”と
優しく声をかけてくれました。

ひどいことを言った
弟の嫁の子供なのに
穏やかに接してくれることが
なんだか申し訳なかったです。

伯父さんは
酒もタバコもヘビーですが
体も頭も健康そのものでした。
逝去する数日前まで
畑の手入れをしていたそうです。
しかし風邪をこじらせ
そっと逝去となったとのことでした。

伯父さんのお墓参りの途中の道すがら、
たまたま偶然
アンブレラスカイが開催されていて
寄り道しました。
 



 

陽光に照らしだされて
通路に反射した
色とりどりの傘の色が

手に取れないし
実態がないけれど
伯父さんの人柄の
反映のようでした。
 

 

 

まりおたん本日のムフムフです。

虹色な長井さんです。

 

 

※長井さん/丸井さんとは

レンズのゴースト現象による
緑色の光の帯に映る
長い/丸い影の個人的な呼称です。

撮影しているのはSONYのスマホです。

 

 

本日もご来訪ありがとうございました。

皆様と

皆様に関わった

全てのひとが

皆様のエネルギーに触れて

幸せな記憶が残りますように。