ここにあること | れあれあ

れあれあ

身長148cmのちびっこ40代のよもやま話

グリーフケア心理カウンセラー(悲嘆療法)
アドラー流メンタルトレーナー
臼井式レイキティチャー 
ライタリアンレイキマスター

こんにちはニコニコ

れあれあですニコニコ

 

昨日、胃腸炎あがりの娘と

1年ぶりに

カラオケにはせ参じました。

 

大きい声で歌ったり

体使って踊るって

幸福感はんぱないっすわーい

 

娘と【恋ダンス】【ピコ太郎】

十二分に踊りました。

お陰ですっかり回復した娘です。

 

ちなみに、

 

Superflyさんの【Beautiful】歌いました。

血管切れそうでした・・・

 

わーいわーいわーいわーい

今日は【あるもの】についてです。

 

私の自宅の近所にミカミさんフクロウ(仮名)という

お宅があります。

 

ミカミさんフクロウ(仮名)のお宅は

交通量の多い

丁字路に面しているのですが

年始から、お家にブルーシートがかかっていました。

 

ご自宅の塀も大きく破損している様子で

あきらかに、車がつっこんだ事故に

見合われた予測が立ちました。

とびだすピスケ1とびだすピスケ1とびだすピスケ1とびだすピスケ1

ご近所ゴシップに興味津々の

義父母たちは、詳細を知りたいものの

ミカミさんフクロウ(仮名)御本人に

直接伺うチャンスはなく

 

週刊誌記者ごとく

ご近所ネットワークを駆使して

情報仕入に奔走していました。

 

そしたら、昨日近所のスーパーで

あろうことか、この私が

ミカミさんフクロウ(仮名)の奥様に出くわし

 

【れあれあちゃん、毎朝ランニング寒くないの?】

といきなり声かけられました。

 

ご自宅がブルーシートの

ミカミさんフクロウ

ということをすっかり忘れていた私。

 

『ちょっときいてよ』とミカミさんが

 

ご自宅がブルーシートの

ミカミさんフクロウになった理由を話してくれました。

 

それは12/31のAM3:00ころ

30代女性が運転する2トントラックが

突然自宅に突っ込んできたとのこと。

 

警察から聞いた話では

運転手の30代女性は居眠りが原因

とのことでした。

 

実はその突っ込んできた部屋は

ご夫婦の寝室だったそうです。

 

あんぐりピスケカナヘイ!?

 

ミカミさんフクロウはなぜ無傷で

今スーパーにいるのかい?

 

それが、なんとななんと

12/30に、本来であればミカミさんフクロウ

関西に在住の息子さん家族が孫を連れて

帰省する予定でした。

 

ミカミさんフクロウの奥様はご夫婦の寝室を

息子家族用に明け渡し

ご夫婦は2階に布団を運んで

寝ることにしたそうです。

 

しかしながら、お孫さんが急遽発熱したために

帰省が取りやめになり、

その晩だけ、そのまま2階で寝ていたために

だれも被害にあわなかった・・・とのことでした。

 

もし、予定どおり帰省して息子家族が

その寝室で寝ていたら・・・

 

もし、また2階から布団を運びなおして

ご夫婦が寝ていたら・・・

 

( ゚∀゚; )タラー

なんと、守られていることか

なんと、もっていることか

 

でも、此の話を伺って

どこか複雑になった自分がいました。

 

実は昨年の春、

私の会社の先輩で

小学校1年生になる息子さんが

学校からの帰宅途中に交通事故にあってしまい

即死をするという悲しい事故にあっているのです。

 

先輩は勿論、文字したら薄くなってしまうような

大きい悲しみと後悔と沢山の思いの中にいます。

 

その、息子さんは守られていなかったのか?

その息子さんはもっていなかったのか?

運に見放されたのか?

生きてるって不平等なのか・・・?

いろんなことを考えさせられました。

 

そして、あくまで、私の考えですが

人は自分の与えられた命を

都度折り合いをつけながら

幸せの証を感じるため生きるのかもな

と思うのです。

 

生きる道の途中で

 

嬉しいことを喜んで幸せの証をみつけます。

嬉しいことは、人、モノ、出来事で与えられた時から

発生していると思います。

 

悲しいことを見つけて悲しみの証をみつけます。

悲しいことは、ほぼ、人、モノ、栄誉などを

失うことから発生すると思います。

 

嬉しいときには、理由なしに嬉しがって

あまり感じないのに

 

悲しい時は、【なんで、私がこんなめに・・・?】って

思うことが多い気がします。

 

それは、薄っぺらい言葉になってしまうのですが

【悲しい】から【嬉しい】の種を【幸せ】の種を

見つけて、

自分の与えられた命を

幸せの証を感じるため生きることを思い出す

そのための【折り合いをつけること】なのかもしれないな

って思います。

 

大切な人を欠乏した悲しみは

大切な健康を欠如した悲しみは

負けるな、しおれるな・・・というのはキツイですね。

 

無責任な話に聞こえるのを承知で

思い起こしてみました。

 

私は霊視能力は皆無ですが

もし、私が不慮の事故なんかで

突然命を落としたとしたら

 

その命が消える直前までは

自分の生活を大いに楽しんだと

思えると思うのです。

 

不貞腐れたことも

やさぐれたことも

楽しかったことも

何かをなしえたことも

守られたことも

その時には【生きた証のキラキラ】と

俯瞰できる気がします。

そうありたい、という願いでもあります。

 

その時点で

【自分はもってたな、あったな】って

俯瞰できて、感謝できるかなって思うのです。

それが【折り合いをつける】

ということなのかな・・・と。

 

だからこそ、今ここで呼吸をしている

ここを、てっぺんにして、

いつか自分が決めた幕引きまで

既にもっていること

既にあること

その証を沢山観ることを

生きたいと思うのです。

 

行きたい

逝きたい

生きたい

活きたい

 

同じ【いきたい】でも漢字がこんなに沢山あって

違うようでみんな結局ひとつなんですね。

 

月曜からヘビーなネタでしたね。

 

今日の私在住の南関東でも極寒で

御風呂の窓は氷り、ランニングコースの

遊水地はスケート場状態でした。

 

そんななか私、冷凍庫と外はどっちが寒いかという

くだらない実験をしたくなり

貴重なガリガリ君を

あまりにも、一晩ベランダで放置するという

・・・くだらないことしてました。

 

結果は

微弱に溶けていました。

・°・(ノД`)・°・

 

ガリガリ君は-5℃が保存適温。

 

本日もご来訪ありがとうございました。

笑い泣き笑い泣き笑い泣き笑い泣き