その頃、僕は、営業マンだった。

バリバリ仕事もするけど、遊びも半端じゃなかった。

給料の半分は歌舞伎町の飲み代へ消えていた。

 

歌舞伎町ビル火災、覚えていますか? 今でも振り返るとズキンズキン来ます。

 

ウィキペディア記事を利用させて頂きます。

歌舞伎町ビル火災(かぶきちょうビルかさい)は、

2001年 9月1日 東京都 新宿区 歌舞伎町 雑居ビル 「明星56ビル(みょうじょう56ビル)」で起きた火災 

44名が死亡し、日本で発生した火災としては戦後5番目の大惨事となった。

多くの死傷者を出した原因は、ビル内の避難通路の確保が不十分であった為とされる。出火原因は放火 とみられるが、2011年7月の時点では未確定である。

 

居合わせた客と従業員のうち、3階の19名中16名、

4階の28名全員の計44名が死亡、3階から脱出した3名が負傷した。

出火地点はビル3階のゲーム麻雀 店「一休」で、エレベータ 付近から出火。

ビル3階と4階のセクシーパブ「スーパールーズ」の防火扉が開いていたため、

この2フロアに火炎と特に煙の回りを速めたことが、被害を拡大させる一因となった。

44名全員が急性の一酸化炭素中毒 で死亡したことが、それを表している。

4階(セクシーパブ)での犠牲者には、外国為替証保証金取引 (FX)会社であった

ひまわり証券の営業社員3名が来店客として含まれていたため、

従前から金融知識の乏しい者を狙って利益を上げていた同社に対して

「バチが当たった」といったような報道がゴッシップを中心に多くなされた。

また、同じフロアで三和銀行((当時)現:三菱東京UFJ銀行)行員も1名死亡している。

 

この事件では、内部で既に火災が起こっていたところに従業員の1人が何も知らず扉を開けてしまい、

空気が入ってきたためバックドラフトが引き起こされた。

この従業員は道路側の非常口からそのまま飛び降り、

この救急要請の通報が第一報であった

また、従業員2人は別の窓から屋根伝いに脱出した。

3階ゲーム麻雀店で助かった3名は、事務所の窓から脱出した従業員であり、

従業員という立場でありながら避難誘導しなかった。

また、この際目撃証言から「4人目」の生存者がいたとされるが、

この人物はその後行方をくらました。

 

自動火災報知器は設置されていたが、誤作動が多いために電源を切られていた。

また、4階は天井を火災報知器ごと内装材で覆い隠してしまっていた。

 

続く