【まとめ】鹿児島編 No.4 初めての大隅半島 | Punipuny HighJink Zephyrぷにぷに

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趣味の事。想い出写真でバーチャルツアー。
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1989年前後は,鹿児島にも行っていましたが,
五島列島の方へ行くようにもなりました。

そして,釣り仲間の先輩が身体を壊したり,私も子供が3人になったりで,
遠征には行きづらくなりました。

結局,最後になった鹿児島の磯釣り遠征は,
釣りの師匠・写真の師匠・スキーの師匠・・・
そして,人生の師匠でもあるU氏とU氏の息子さんとの大隅半島遠征です。

広島の某雑誌社の編集部長だったU氏。
その雑誌社でカメラマン・記者として仕事をすることになりました。
写真はその時に教えてもらいました。
撮影だけでなく,暗室でのフィルムの現像や焼付も教えてもらったのです。

個人的にも親しくしていただき,お宅に泊めてもらって,
娘さんの家庭教師に行ったり,釣り・スキーに連れて行ってもらったり。

定年退職したら,一緒に釣り三昧・・・と思っていたのに,逝去。
残念でなりません。

写真は1983年。島根半島,野波のオグリで。
右が私。左が大ダツを釣り上げて苦笑する師匠です。




さて,大隅半島。この年の少し前までは,高速道路,
八代から人吉・えびの間はループ橋があったりするあまりヨクナイ道でしたが,
人吉・えびのの間が暫定的に開通したので自動車道で霧島まで行ったのだと思います。

大根占(おおねじめ)・・・だいこんうらないと読んで笑い話になるということをこの時知りました。

佐多岬を過ぎて,再び北上し始めると,いたるところでウツボが干してあります。
ウツボは美味い魚なのだと知りました。

間泊か竹之浦の民宿に着いたのは日が暮れてから。
すき焼きの夕食に殻付きホタテの焼き物が付いていて美味かった事。
翌朝,早朝にも関わらず,若い女将さんが見送りに出てくれた事を覚えています。

出航した港は大泊港。
渡船は千陽丸(ちはるまる),という船でした。

写真とGooglleMapを使って位置特定できました。
すごい時代になりましたね。


ほとんど,アタリはなくて,
帰る間際にずっと遠方まで流した仕掛けに40cmの口太グレが掛かりました。

体重80Kg超時代。職場の池中玄太とよばれていた頃ですwww


帰路。開通した自動車道=えびの~人吉間は大渋滞。
SA手前でトイレを我慢しきれなくなった人,男性は道端で,女性はSAへ向かってテクテク歩いていました。

この時を最後にいろいろな事情から,鹿児島磯釣り遠征にはいかなくなりました。


 

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