こんにちは!
ランです。
お元気ですか〜 ![]()
前回の記事の続きです。 ![]()
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自分が嫌になる時。
子育て放棄したいと思う時。
自信喪失する時。
私って、
つくづく、
認められたい人だったんだな〜
って思う。
たとえば、
ランさんの子どもって
〇〇高校行ったんだ!
って、
子育てにおいても周りから認められて
優越感に浸ってみたかったと思うんです。
だから、一生懸命子育てもしたと思う。
でなかったら、ランは
子育て辞めたい!
なんて思わなかったと思います。
ランの友達で、
この子が健康で
元気やったらOK!
って心底思って
子育てしている友人がいます。
その友人は、
子どもが勉強しないとか、
だらけているとか、
ゆーこと聞かない時って、
ランと同じように
子どもにこっぴどく叱ってるんだよね。
ちゃんとせな
あかんやろっ!
って。
ちょーこわい。
でも、
ランと何が違うのかっていうと、
友人の根底には、
しゃーないな。
どうせこの子
ゆーこと聞かへんやろな。
って思っている
親としての余裕みたいなものがある。
だから、
子どもは叱られても、
って
自己を否定していないのです。
極端な言い方をすると、
親に、
叱られても
叱られても、
自己肯定感が下がらない。
その友人の子育てを見ていて、
コミニュケーションって
言葉ではなくて心なんだ。
ってつくづく思いました。
その友人は学生の頃、
私は勉強できへん。
頑張ってもできへんから
しゃーないわ。
って言っていました。
きっと友人は、当時
色々思い悩んだと思います。
でも、
人生の早い段階で
自分で自分の存在意義を感じる
何かを見つけれたのだろうと思う。
一方ランは、
人よりできて、
って周りから思われたかった。
中途半端にできたもんだから、
ランの承認欲求は、
大人になっても続き、
つい最近まで、
承認欲求が強かったのです。
つまり、
ランは、
自己肯定感が低いまま
大人になったのだ。
でも、
そんなことに
ランが気づいたのは、
娘が不登校になってからなのです。
友人の子育てを
ずーーーーっとみていたのに、
全く
そこに気づかなかったのです。
私は、
私が生きてきた道のりで、
こうしておけば良かった!
と思うことを、
一生懸命
子どもにさせようとしていたんだよね〜。
幸せな人生って、
私の想像もつかない方法で
手に入れている人がいっぱいるのに。
なんで、
〇〇しなければ!
って自分の考えが一番みたいに
思っていたんだろうと思います。
結局、
子育ては子どもを育ててるようで、
自分を育てているのかも。。。
イヤだ〜。
見たくない自分なんて
見たくないぞ〜!
この続きは次回で。。。
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