『人生はピタゴラスイッチ』と言っていたのは母だった。

 

 スティーブジョブスの有名なスピーチにもある。

 点と点を後からみると線でつながる、

 というのもこういうことだと思う。

 

 正確には、ピタゴラスイッチっていうのは番組名であって、

 ピタゴラ装置のことらしい。

 

 

 わたしの言うピタゴラスイッチは、

 

 ピタゴラ装置の

 次につながる、ひとつひとつ、を表しているときもある。

 

 

 夫と、人生のピタゴラの話をしたことがあって。

 

 わたしが夫と結婚したのは、

 

 さかのぼれば、夫が幼稚園か何かのときに、

 お母さんとオセロをしたのがきっかけだった、と。

 

 わたしはメインは大学ぐらいだけど、

 その大学に行ったのは1歳のときにそこに引っ越したからで、

 もっとさかのぼればそもそも母と父がであったくらいになるけど、

 言い出したらきりがなくなる。

 

 わたしはあの大学に行ったから、

 Aさんに出会い、Aさんに誘われて行ったところで、

 Bくんに出会い、Bくんの出会いでCくんと知り合い、

 Cくんに紹介されてDさんとであい、、

 Dさんと知り合ったことと、父の人生のピタゴラも手伝って、

 関西から関東に引越し、

 その後も、そうやって出会いと別れを繰り返し、

 人生に迷い、続いていって、

 ある場所にたどり着いた。

 

 夫は、オセロをしたときに、負けず嫌いを知った。

 それがあって、高校である部活に入り、

 部活で怪我をしたから整骨院にいって、

 それがきっかけで今の仕事をして、

 その仕事をしてたから親しくなった人がいて、

 その人に知り合ったから、ある場所に行った。

 

 そして、わたしと、であった。

 

 

 

 

 人生のピタゴラスイッチはいっぱいあって、

 常に起きていて。

 

 ひとりひとりの人生の中でもそうだし、

 世界全体でもそう。

 

 

 今居る場所からはみえなくても、

 あとから見えるものはたくさんあって。

 

 今居る場所からふりかえれば、

 つながってる点と点があるように、

 

 つながってきたピタゴラ装置がたくさんあるように、

 

 毎日が、

 

 わたしが、

 

 あなたが、

 

 ほんの少し、ピタゴラ装置として、

 

 次の何かにつながっている。

 

 

 それでいい。今は。

 

 

 もう少し先の未来に、

 

 次の世代、その次の世代にもつながるような

 

 ピタゴラの一部になれればいい。

 

 

 そしてそれはいつも、意識してたって

 してなくたって、そうだから。

 

 意図してピタゴラおしてることは、

 1パーセントにも満たないだろう。

 

 

 気づかずに

 

 誰かの次のなにかに

 

 未来の自分のなにかに

 

 いつも、つながっている。