難治性 潰瘍性大腸炎
八尾ちなみです
いろいろと一段落しました。
プライベートなことですので、
おヒマな方はお読みください(^_^;)
10月30日、母が救急車で
運ばれました。
母の勤務先から出勤していないと
連絡があったので、
急いでマンションに行き、
郵便受けから呼びかけました。
お母さん
大丈夫
かすかなうめき声が。
救急車を呼び、緊急搬送。
一時は、最悪の状態も視野に入れた
病院側からの説明も受けました。
様々な悪条件が重なり、
1週間誰にも発見されなかったのです。
ただ、逆に言えば、
よくそれで生きていたと。
それからというもの、
病院へのお見舞いはもちろん、
一気に介護問題に直面。
ありとあらゆる手続きに
追われていきました。
11/23のコンサートまで、
私が倒れるわけにはいかない。
せっかく復帰できた
ブライダルMCにも
穴を開けるわけにいかない。
正直、母が倒れてからの1カ月位、
必死すぎて、あまり
記憶がありません
お陰様で少しずつ回復したものの
歩けない、動けない、などなど。
12/14 偶然にも母のBDに
リハビリ専門病院に転院し、
現在に至ります。
もう今後、淀川区で一人暮らしを
継続できないことは
早くに判断できていました。
年内に退去の手続きを進め、
最低限の荷物を持ち出し、
冬至の日に業者さんに
来てもらって全処分。
そして先日オーナーさんに、
開け渡してきました。
母を守ってくれてありがとう、と
お部屋に感謝を伝えてきました。
一つの節目を迎えました。
2016年、長崎から大阪へ
移住してきた両親。
この写真は、写心家の中田しのぶさんに
記念に撮影してもらったものです![]()
お空に行った父が、まだこちらに
来るタイミングじゃないよと
母に言ったのでしょうね。
母がこの写真のように、
自分らしい笑顔になれるよう
支えていきます。
正直な話。。。
潰瘍性大腸炎の取材で東京へ
行く件も重なっていました。
膨大な質問に応えたり
激動の中のスケジュール調整をし、
東京に行ったこと。
もう、多忙とか多様とか大変とか
どんな言葉もあてはまらない程の
ギリギリの状態でした。
でも、きっと今なんだろうなと。
すべてのタイミングは必然だと思うので、
大腸さんをヨシヨシしながら
乗り越えてきました
おそらく来月末までに
母は退院予定です。
介護認定を受けたので、
サポートを頂きながら見守っていきます。
来年からは、何かと私も
今までとは違ったスタイルに
なっていくと思います。
家庭、仕事、介護の
バランスを考えながら
過ごしてまいります。

