さて
罪悪感とは
罪悪感をずっと抱えている。
過去の罪悪感を手放せない。
という方はけっこういらっしゃいます。
なぜわたしたちはそのような感情を
持ってしまったのでしょうか。
罪悪感って生来の感情なのでしょうか。
キリスト教は原罪といって
人間は生まれた時点で罪深き存在だと説きます。
罪悪感によって
わたしたちは精神的に萎縮してしまい
自分を無力な存在、穢らわしい存在と
見なすようになります。
あなたは生まれつき罪深い存在だから
〇〇をしてはならない
罪を浄化するために〇〇をしなさい
というように、
容易に自分の弱みにつけ込む人に服従し
縛られてしまうのです。
罪悪感は、他者をコントロールし
言うことを聞かせるための思想体系です。
人間が生来持っている感情でも意識でもなく
支配する側が一般人をうまく利用するために
都合良い道具になってしまうのです。
自分を無価値であるものとみなす
傾向のことをもいう。
このときの罪悪感は意識的なものであり、
社会的道徳を維持していく
力にもなっている。
だから
罪悪感はもともと
存在していないのです。
社会的な共同体の中で
習得した意識
です。
自分の中にもともともと存在しないのに
外部から植えつけられてしまった。
そう
罪悪感はイメージです。
作り出させれたイメージに過ぎないのに
この意識をとても重大視していませんか?
わたしも自分自身を
育った環境の影響で
なんとなく卑しいもの
なんかずれていてみっともない存在
社会に不適合でいつも浮いてる存在
という意識が小さい頃から
ぼんやりとありました...
でもそれは、
いわゆる罪悪感とは違う。
自分を卑しいものとして
劣った存在として恥ずかしく思う
ということと
自分を罪深く思うこととは
違います。
それは、先ほども書いたように
罪悪感は社会的な概念に
対し
自己卑下は内的なもの
そもそも日本語の中に
罪悪感という言葉は
なかったのではないでしょうか。
自己卑下もイメージです
自己像が歪んだ状態で
作られてしまった
それらはどんなに強固なものであっても
遺伝子に組み込まれたものではないので
手放すことができます。
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