人の評価が気になる
人にどう思われるかばかりが不安で
自分のやることなすこと自信が持てず萎縮している
という方は多くいらっしゃいます。
まあ、わたしはそんな部類なんで
心情は痛いほどわかる….。
それを
この人は他人軸である
どう見られているか、
と自分ばかりにフォーカスしてしまうことから
もっと他者に意識を向けてみるべき
と言っても、なかなかどうしてそれができない…。
わかっちゃいるけどやめられない~
なわけです。
一番苦しいのは本人なんですが
他者に価値観を預けちゃっている状態が長くて
それ以外の方法を知らない…
でも、よくよく聞いてみると
その方は自分のことだけを考える独りよがりなわけではなく
人の評価を気にする側面として
人の顔色や感情の起伏に敏感である
人に対して思いやりがある
という面があるのです!
人に対して気遣いがあるなんて、考えたことありました?
ご本人が一番、考えていないことだと思う。
なんだかんだ言って、認められたい人の
喜びや、幸せや、笑顔を願っている…
ということはないですか?
そりゃあ自分が認められたいからですよ、
と反論するかもしれない。
確かに、自分の存在を経由したかたちでの、
(自分が相手を幸せにしたのだから、自分が認められた、ということ)
相手の幸せなのかもしれないけれど
でも、結局は
相手の喜ぶ顔や笑顔を見たいと望んでいるでしょう?
それは、独りよがりではないと思う。
自分のことだけを気にしているばかりに
「わたし」を優先して相手の顔色を見るから
独りよがりと思うかもしれない。
でも、そのことによって
自分自身を相手に預けてしまっているわけで
それは、とっても苦しくてみじめで
そういうことをしてしまっている以上
自分の幸せだけを優先している、独りよがりなわけじゃない。
(そう思い込んでいることが、独りよがり。)
自分の幸せの前に、相手の幸せがあるのです。
その相手の幸せを見て
自分がはじめて幸せになれるのです。
だから、人の評価ばかりを気にしてしまうというのは
ただの他人軸ではなく、
他人を優先してものごとをとらえている
と言ってもいいと思う。
そうか~、自分にはそんな観点があったのか!
と気づくことができたら、
それほど人目は気にならなくなるし
気にしたとしても
不安や心配ベースなのじゃなくて
もっと相手の幸せを望む、「期待」のベースで
見ているのだから、
いまよりもっともっと心地よい。
人の目線や顔色や評価が気になってばかりいる
なんて小心で自分がない人間なんだー
と、思わないで
わたしは、人の幸せを願っているから、
どう思っているのか気になるのだ。
と、考え方を変えてみよう。
そうすれば、悩んでいる実態の内容が変わり
もうさほど、人目や人の評価が気にならず
もっと人のことを信頼できるようになるから。
そうすれば自動的に、自分に対しても
もっともっと信頼できるようになっているから。
人目を気にすることは素晴らしい
人のことをいつも意識しているから。
意識とは愛であるから
それは、大きな意味での愛ではないだろうか。
自己=他人(集合意識)
なのだから…
捉え方を一つ変えるだけで、
悩みというものは、案外解決するものだ。