あきらめることは、「仕方がない」と
状況を否定的に判断して終わらせることですよね。
ゆるすことは、状況に対してそのように
判断することはしていないですよね。
判断って、「これはこれである」
と決めることなんですが、それをしたとたん
意識は硬直して固まってしまうのではないでしょうか。
ゆるすことは、絶対的な肯定
なんですよね。
皇帝はエンペラー
......ではなく![]()
肯定は
過去にその状況に追い込まれた自分、
現在それを顧みている自分、
判断しようとしている自分、
悲嘆している自分
状況そのもの、それが発生した因果関係、関係する人たち,
すべてをよかよかとゆるすことなんですね。
ゆるしとは、この「よかよか」と肯定することの力なんです。
肯定することが良いこというわけではなく
良いも悪いもない
そんな境地ですね。
そうすることで一番大きいのは、
自分の可能性ののびしろが想像できたり
自分に対する信頼関係が築けることなんです。
判断することって、もうそれで「終了!」と
締めくくってしまうんで
可能性ののびしろも、想像力の余地もないんですよね。
状況は判断によって
そこで終結してしまう。
状況や人間がダメだから、
ダメだという判断が、下されるわけではなくて
ダメだという判断を下してしまうから、
ダメなものとして現実は固まってしまうんです。
「よかよか」とは全く違うことですよね。
たまにはよかよかしてください。
内側から力が目覚めることが、
ちょっとみえてくるかもです
これはようかん....
※こちらは2016年5月の記事です
