見て見て!とおトイレをアピールするにゃんこ

我が家のニャンコはおトイレのとき、
見て見てといって鳴きますが、
本来見るのはどうかというものをアピールするのは
いったいどういうわけでしょう。
さて
わたしたちは、感覚器官で見て聞いて、
つまり知覚したものを現実だといい
それ以外のものを存在しないも同然だと扱う。
科学技術の恩恵で、原子核といったミクロな世界も
400万光年先のマクロな世界も
観察することができますが、
見ることができる以前は、
存在しないも同然でした。
あるいは、さまざまな数値やデータとして認識しえるもの
数式において展開しうるものが科学の根拠だと。
人間の知覚に限定された世界が、世界のすべてだということは、
見えないもの、数値で表されない限界が、
世界の境界線だということになる。
それって、どれだけ小さな世界に制約されているのでしょう。
今日、ある量子場師の方からこんなメールをいただき
とてもうれしかったのです。
私にとって、前進がありました。
最近の脳研究を読み進め、研究者達が研究すればするほど
身体の重要性に気付きはじめ、
脳は身体あっての脳だとわかってきた。
今では「見えない力」はDataで見えている事が解った。
私達の身体は事実を知っている。
事実を知らないのは「意識」だけだと。確信。
(ん?いまさらなに気付いてるんだか、遅い?(笑))
そう。
現実世界は、わたしたちの知覚に限定された
制限のある世界です。
(仏教ではそれを仮観なんていいます)
世界を認識する方法は、一つではない。
新しい認識の仕方を提案しているのが、量子場調整。
見えている世界がすべてなわけではない。
あなた自身も、いまがすべてなわけではない。
見えている世界の背後には、
驚くべき未知の領域が、あるのです。
見えるものがすべてじゃない

