少年は残酷な弓を射る
We need to Talk about KEVIN
の、映画を観ました。
タイトルにグッときますよね
「中年はこっけいなギャグを放つ」とは違います....
※ネタバレご注意
さて冒頭は、窓にカーテンが揺れるシーンからはじまります。
このシーンは映画の最後になってはじめて意味がわかります。
かぜにひらひらと舞う半透明の白いカーテンは
その美しさとうらはらに、何かを暗示しています。
そして、一気にシーンは白い世界から、赤い世界へ。
スペインのトマト祭りでしょうか、真っ赤なトマトの中で戯れる群像を
俯瞰したものへ移行します。
血のようにドロドロとうごめく赤の世界に
いくつもの身体が揺れ動きます。
そのねっとりとした血糊のような果肉が肌を伝う感じ
赤い色に身体が浸食してしまう中にあると
誰しもセクシュアルなファンタジーに思いを馳せてしまうのではないでしょうか。
白から赤へ。
赤色はこの映画の副次的なテーマかなと思います。
その赤は血の色でもあり
そしてヨーロッパではキリストの受難を示す色です。
主人公の女性は、あたかもキリストのように
身をトマトの中に横たえ、陶酔の中にあります。
そしてその後
「今日は安全な日かな?」
と軽はずみに子供を作る彼女。
まさかその子が、世界に対する憎悪を生まれながらに持っている
狂気の存在になるとは、つゆ知らずに。
彼が犯した残虐な行為に対して
「なぜ?」と聞いても、
「以前はわかっていたつもりだったけど、いまとなってはよくわからない」と。
人にとってもっとも恐ろしいものは、
無意味であるということではないでしょうか。
彼の行為は、その与える衝撃度のわりには
意味や理由がなく、
「そこに弓があったから、僕は射ることにした」
なんていう勢いです。
この世界に、行為をするに値する十分な理由や根拠や必要性は
そもそもないのかもしれない。
一見あるように思われるのは、たいてい社会的な常識からであったり
なんとなくそんなもんだと思っている。
「そんなもんだと思っている」という意識の「間」に「空」に
「魔」が入り込み、
そして少年のような悪魔的な存在を創造したのかもしれない。
あるいは、赤い世界での性的なファンタジーが
子供をつくるときの意識の周波数と同調し
共鳴した、ということかもしれません。
無意識はつねに意識の向かう対象を観察しています。
意識の周波数にチューニングしているようなもの。
母親の意識に波長を合わせた少年の無意識が
狂気というかたちで現実になったのでしょうか。
なんとも神経がひりつく映画でした。
さまざまな解釈が成り立つこの物語。
この夏観るべしリストに、ぜひいれてください

