ピュアプレゼンテーション 林じゅん です。
先日のブログ記事にご質問をいただきました![]()
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
>だけど、どうしても低脳発言は許せない。
>「許さなきゃいけないのにそうできない」・・・①
が、私の中では繋がらなかったのですが
林さんは、これからも力を借りるためには
その人を許さないと力が借りれないって
思っているってことでしょうか?・・・②
ありがとうございます♡
①へのお返事は、こちらからどうぞ。
![]()
お父さんに殴られて育った、はただの事実。「私たちは自分が思っている通りの人間になります」
今日は②の
ーーーーーーーーーーーーーーーー
これからも力を借りるためには
その人を許さないと力が借りれないって
思っているってことでしょうか?
ーーーーーーーーーーーーーーーー
というハテナにお答えしようと思います。
答えは100%、
そうです。
その人を許してないと
その人の力は借りれません。です。
相手を許す許さないに関わらず、力を借りることはできる、って
思うのだと思いますが、
それって本当???
って私は思ってます。
私のこの場合は、学童で
「子供を預ける」という力を借りたかったんですね。
そもそも、学童の人が低脳発言って、その預け先、どうなの?
という問題がありますが、それは一旦置いといて・・・
(坊がすごく馴染んで信頼しているのです。低脳発言したのとは、別の先生を。)
もちろん、
「嫌な奴!私のことも子供のこともちっともわかろうとしてない!」
って憎みながらでも子供を預けることもできますが、
それだと私は
「金払ってんだから、預かってくれて当たり前」とか
「それがあんた達の仕事でしょ」とか
自分を正当化する理由がどんどん出てきて
自分がモヤモヤし続けます。
なんか、つっぱってるというか、
相手を責めていないと自分が持たない、みたいな感覚です。
私が学童に力を借りたい本当の理由、本当の望みは、
「子供を預ける」という行為ではなくて、
で、私が安心して外出するためには
喧嘩モードでいるよりも、育むモードの方が楽にできるな、
と思って、それを私から実行してみました。
(私にとって、切り捨てる以外の選択肢が
画期的だったので、記事にしちゃいました。笑)
例えば
許せるのが立派な在り方、
許せないのはダメな人間という設定があると、
暴言、低脳発言されても、怒りを抑えてしまったり、
「あんなこと言われるなんて私にも非があったのかも」と自分を責めたり。
内側にいろんなドロドロを溜め込みます。
力を借りるのは、相手に借りができること
という設定があると
金払ってんだからやってくれて当たり前、
と借りを埋めるような発言が止まらなかったり、
反対に
それがあんたの仕事でしょ、
と「借りはない」と誰かに対してアピールしてみたり。
これ、全部以前の私です^^
許さない、とは、
相手を裁いている状態です。
相手を裁いたままに力を借りると
罪悪感、劣等感を振り払うことに追われて
もはや何が自分の望みなのか?わからなくなっていくんですよね。
せっかく子供を預けたのに、自分の気持ちがザワザワしてたら、
セミナー内容も取りこぼしちゃう。
仕事にも集中できない。
お迎えの時間が気になる。
ほんと全部取りこぼしてました・・・涙
本当はどうしたい?
を理解せずにただ預けても、意味がないんです。
子供を預けたその先にある願いを叶えるためには。
どうして力を借りたいんだっけ?
そこ疑ってね![]()
学童だけじゃなく、
お母さんに預ける時も、旦那さんに預ける時も。
許すとは、魂レベルで対等であること。です![]()
相手に対する無条件のリスペクト、だと私は思ってます。
もちろん、もう暴言は吐かないでいただきたいし、
次吐いたら、その人(上席者なんだ。笑)とは育めないので、
見限って別の「安心して外出できる」預け先を探すと思います。
これも、ほんと経験。
暴言はいやだったけど、このことがきっかけで
自分に対する設定を、
気持ちの切り替えが下手な人間から
嫌なことがあっても私の幸せには差し支えない人間に、
許すことができない器の小さな人間から
すべての人を対等の世界で見れる人間に、変更できたし、
自分の本当の望みは
「子供を預けて安心して外出したい」だったと
再確認できたし、
こうして何本も記事のネタになってくれたし。笑
感謝です♡
↑↑↑
先月の認定講座の宿題
「自分を傷つけた人に感謝で攻撃する(略して感謝爆弾)」も
やってなかったのに、今ここでできちゃった。もう一つ感謝爆弾投下![]()
どこへ行っても誰といても
自分らしく花を咲かせられますように☆


