誰にでも得手不得手はあるという、当たり前の話。 | 凹んでもすぐ立ち直る野花のように〜香りと色の癒し処 ふわりあん@函館〜

凹んでもすぐ立ち直る野花のように〜香りと色の癒し処 ふわりあん@函館〜

仕事や家事・育児でゆらぐ女性の心と体を癒し
明るく元気に前を向いて歩けるようにと願い
北海道函館市の自宅でアロマトリートメントや
TCカラーセラピーなどを行っています。

おはようございますさくらんぼ

あなたが今やっていることって、何のために…とか、誰のために…とか、即答できますか?

私は、基本的に、全部自分のためなんです。
その要素が全くなかったとしたら、やりたくない。

もちろん、仕事ならお客様のためになるようにしたいし、育児なら子どもたちが元気に育つような環境は整えたい(←実状はさておき)。

だけど、よくよく考えてみるまでもなく、いずれも自分に何らかの見返りがあるから、続けてできてる。

子育てに見返りって、おかしいかな?
私は、子どもたちに向かって変顔とかして、それで子どもたちが笑ってくれたら、とりあえずそれでオッケー。

何らかのリターンがあることなら、多少辛かろうが、それは自分を高める修行だと思ってやる。

ただ、自分のレベルよりはるかに高い山でやっちゃうと潰れるから、できないものはできない!と割り切る瞬間だって、ときには必要なのかも。
得手不得手って、必ずあるからね。

私、他人に驚かれるレベルでうまくできないことだらけで、奇跡的に続いているのがサロンの仕事と、再婚後の結婚生活。

できないことへの劣等感も常にいっぱい抱えてるし、慣れないフィールドでは、わかりやすく萎縮する。

そんな、不得手の部分が明らかに多い私だけど、それでも、続けられていることがある。

そのこと、きっと、自分でもっと大切に感じていてもいいんだよね。

なんかまとまらないけど、今朝は、そんなことを思った私です。


↑育児もね…明らかに不得手な方のひとつ。
ただ、子どもたちがなんかわかんないけど笑っててくれるから、今はそれでいいや〜と思うことにしました。