【言葉】知から智へ
「発想」や「アイデア」の領域を研究する者にとって、「知(ち)」の力はほとんど意味がない。
あえていうなら、知はないより知ってた方がいくらか有利かなといった程度。なくてもいっこうにかまわない。大事なのは知ることより、考える力、すなわち「智(ち)」の方が大事だ。
「人脈(じんみゃく)」という言葉があるが、私は嫌い。「あの人は人脈ががすごいよ」この言葉、裏を返せば「自分には何もできない」といっているようなもの。人脈は他人の力を借りるようで、考える力「智(ち)」が全然ない人のことをいうのだ。
先輩や賢人を尊敬するのは決して悪くはない。しかし、頼ってはいけない。アドバイスは受けてもいいが、最後は自分で考えなければならない。
「知(ち)」とは「矢」と 「口」(驚き叫ぶ意)と「矢」(立て続けに並べる、喋る意)からなり、知の右側の部分は、矢が固いものに当たってぐにゃっと曲がってる様子を表し、勢いよくはっきり言うことを表しています。そこから、ぺらぺらと喋る意。単に「知っている」だけの意。
一方、「智(ち)」は、「知」に「曰(いわく)」がついて、自分が知っているだけでなく、その知識の本質を見抜き、自分の意見として飲み込み他人にきちんと説明できるということを意味です。血の出るような難儀をして「物事の道理を知る」のが、「智(ち)」。
すなわち、「知」は情報による知識を表し、「智」は核心をついた本質をずばりと言うことを表します。
私は「発想」と「アイデア」の研究に34年間、没頭してきた。そしてついにたどりついた世界が「ことば遊び」だった。この「ことば遊び」の技法をPR広報の世界に導入して活用しようという日本初の試みだ。
[言葉遊び]とは、言葉が表わす内容や感情を伝えることを目的とせず,言葉そのものから興味を引出そうとする,一種の遊び。もっぱら音 (おん) を利用したものに,早口言葉,尻取り,回文 (上から唱えても下から唱えても同音になるもの。
[はすか式ソーシャル発想術]とは、「社会の認容なくして企業の存在はなし」という考え方に基づきます。別の言い方でいうと、「社会との対話」が根本。どうすれば社会と仲良くなれるのか。私の発想法はその方向性を示唆するものです。
具体的には、企業側に立たず、商品寄りにならず、「社会(市民)から俯瞰(ふかん)するような視点で創る」ことにあります。「きようは何の日(記念日)」に注目してそこから「ことば遊び」の技法を使って「PRアイデア」を考案するという手法です。端的にいうと「世相をあらわすアイデア料理」をつくることにつきます。
