三重県の尾鷲から熊野市の熊野灘沿岸のリアス式海岸にある岬の1つに建てられた灯台。昭和3年の設置。

この辺りは陸路も難所で、紀勢本線も最後に開通した区間。戦時中止になっていた工事が再開された時は技術が上がり、トンネルが多く駅間はほぼトンネルで、地下鉄の様になった。

鉄道開通後も道路(国道)はしばらく隘路の矢ノ川峠を越えていた。(鉄道開通までは国鉄バスが走った)

その様な地形に立つため、3方を柱状節理の崖に囲まれた灯台へも陸路からの到達は難儀だった。

灯室屋根ドームには米軍機の機銃を受けた弾痕の補修跡が見られる。

官舎跡には、多くの元有人灯台に見られる形で基礎跡が残るのみだったが、今は太陽光パネルが設置されている。撮影時に在った管理用のアンテナは撤去されている様子。