なぜ、私がずっと自分を磨いて

きたのか?



なぜ、彼が私と出会ってから

ずっと磨いているのか?



なぜ、痛くて苦しい真実と

向き合い続けているのか?




その理由はただ一つで、


愛は精神が成熟していない二人では

決して築くことはできないからです。



仲良し夫婦と、愛し愛されている夫婦

というのは別次元の世界。



仲良し夫婦は、なぜ仲良しなのか

といえば、本音を見せ合わない

から仲良しでいられる。



当たり障りがない関係、

奥まで踏み込まない関係。



現代は、表面的な関係ばかり築いて

いる人がとても多い。



だから、仲良し夫婦は、友人関係

のようになってきてしまう。



男と女というよりも、

男女の友達関係のような夫婦関係。



でもそこに至ってしまっては、

愛し愛される本物の夫婦には

なれないし、愛の世界にも

決していけない。



エイブラハムの感情の22段階

  1. 喜び/智/溢れる活力/自由/愛/感謝
  2. 情熱
  3. 興奮/没頭/幸福感
  4. ポジティブな期待/信念

愛は、エイブラハムの法則でも
1にある、でもこれは正しくはないと
思う。


愛だけは、全ての感情から
切り離されている。


  1. 喜び/智/溢れる活力/自由/愛/感謝

私はこの並びが1だとは、
決して思わない。


私がこれのみを順位つけるとしたら、


1 愛
2 智
3 感謝
4 自由
5  溢れる活力
6 喜び


この順番になると思う。


そう思えば、エイブラハムの22段階は、
27段階ではないのかなと思う。



ただ、正しくは、


1 愛














2 智










3 感謝
4 自由
5  溢れる活力
6 喜び



愛は智よりも、かけ離れているし、
智もまた、感謝とはかけ離れている。



こう書いてみて、なるほどなぁと
思う。だから『チ』はメッセージ
だったのだろう。

『チ』のテーマは、『智』でもあった。


愛を正しく理解するには、
智を正しく理解する必要があったのだ。



でも、『愛』はこれだけ
飛び抜けているものなのだから、

精神性が低い人には決して築くこと
ができない。



また、一人ではダメ。
夫婦二人ともが精神性が高くないと、
愛を築くことは決してできない。



だから愛を築いている人は、
人格者しかいないのだ。




愛は、決して自己愛だけでは

築くことができない。



たった一人の人から、深く愛されて、

たった一人の人を深く愛する。



それが『愛に満たされている』という

状態。




でもそれはあまりにも難しい。



夫婦、二人ともがその世界に行きたい

と心の底から願わない限り、

決していくことはできない。




なぜ、私はそこまで愛の世界に

行きたかったのか?




なぜ、彼も愛の世界に行きたいと

思っていたのか?



きっとそこに、生まれてきた答えが

ある。



人は自分自身が望まない限り、

新しい世界の扉は開かない。




でも愛の世界は、夫婦二人ともが

同じ意思を持たない限り、

その扉が開かない。




愛し愛されるパートナーシップは、一番

難しいことだと思う。




でも、一番難しいからこそ、
楽しい。



毎日、体の奥底、細胞から声がする。


『愛の答え』を知りたい。


知りたくて知りたくて、魂が毎日
叫んでいる。


なぜ、愛をそこまで知りたがっているのか?



でもその答えは、きっと第二章の
人生でないと、わからないのだと思う。



愛は、この世の世界の全ての中から
一番美しいものだ。


人は愛し愛されて、初めて
自然と宇宙と動物と同じエネルギーに
なれる。



人間の可能性は、愛でできている。

そしてそれがまた縄文時代の謎と
繋がっていく。


日本には本物の愛の夫婦は
どのくらいいるのかな?


絶滅危惧種のような気もする。

でもきっと隠れたところに必ずいるのだ
と思う。


たった一人の人を極上に愛し、
たった一人の人から極上に愛される。


本当の人間の本質はそこにあるのに、
外側ばかりに逃げてしまうと、
一生何もかも満たされない、
一生モヤモヤが続く。



人は愛から離れれば離れるほど、
不幸になるようにできている。


誰か人間を創り出したのだろう?


ここまで『愛』が必要である
人間を創り出したのは何の因果なのか?



答えを知りたい。