こんにちは!
わかってもらえない苦しみから抜け出し、家族に希望の光を灯す専門家
20代引きこもりの子を持つ親専門
安藤ひさこです。
昨日、『ありえないと思っていたことも、ありえるになる』という記事を書きました。
読んでくださった方が
メッセージをくださいました。
嬉しい♪
ありがとうございます。
良かったら、ご覧くださいね。
【坊主憎けりゃ 袈裟まで憎い!】
皆さんは
『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い!』ってことわざ、聞いたことありませんか?
これね、どういうことかというと、
僧侶のことが憎くなれば、
僧侶が身につけているものまでも憎くなる。
つまり、一度嫌いになってしまうと、それに関わる全てのものに嫌悪感を抱いてしまうという心理を表したことわざです。
認知のゆがみという視点で見ると、
レッテル貼り
自分や他人の行動や
性質の一部だけを見て、
その人の全てを否定的に
評価するラベリングをしていること。
相手に嫌な感情が
わいているときって
誰しもそうなりやすいですよね。
で!大事なのは
私たち自身がそういう
自分のレッテル張りの
世界を常に生きてるんだ
って知っていること。
自分のとらえ方や
思っていることが全てだ
世界とはそういうものだ
そうに決まっている
ってレッテルを張ってるから
苦しさから逃れられない。
でもね、レッテルって
いい心の状態の時には
いいレッテルを張るんだよね。
あいつが憎い!は
私たちが「傷つけられた」って
思った瞬間にわくよね。
それはわくんだもの。
無理に止めなくていい。
憎まないではいられないってことは
世の中に必ずあるから…。
だけど
その状態に自分はずっと居たいのか?
相手を憎む自分の事が好きなのか?
そう問われたら、
あなたは何て答えるかな?
憎しみは確かに原動力になる。
時に生きる力になる。
でもどんな世界を
この先、築いていきたいか
それは選ぶことができるんです。
もちろん簡単じゃなくてね。
受講生の方も何年も
その憎しみの炎に焼かれて
うらみつらみに
自分自身も苦しんでこられてた。
『なぜ私が?こんな目に?』
ってその問いを
持ちながら、
生きてこられてた。
でも、
・自分の心地よさを最優先する
・自分の心の声と対話する
1ミリの積み上げから
一気に動いたものが
あったんですよね。
「誰かの何かでこうなる私」
をやめて、
「こういう自分で生きたい」を
大切にする自分になる!
あなたの人生は少しずつ動きます。
もちろんね、憎しみから
離れたくない自分がいるときもある。
簡単に癒されたら、
憎いあいつが楽になるような
気がして、手放せない。
それもあると思う。
手放せない自分が
悪いわけじゃないからね。
『自分』という存在価値を
ないがしろにされた…という
想いは簡単に消えないかもしれない。
でもね、あなたの存在価値は
誰にも脅かされない。
傷つけられた思いは
簡単に消えないけど、
あなたの人生の可能性が
ゼロになったなんて
思う必要はない。
憎しみはあったとしても
どう生きるかは
自分で決めていいのだから、
私自身も
『憎しみ』の感情を
握りしめて
手放すもんか!!って
やってたから、
簡単に放せって言わないけど、
でも、手放した世界は
あなた自身の新しい可能性や
希望をみせてくれる。
多くのクライアントさんが
実践して見せてくださってる。
だからこそ、私は
一緒に光を見る世界に
あなたが心底望めば
必ず「行けるって思ってます。




