もしかしたら、まただまされるのではないだろうか? | 愛を学びなおし、人生を生き直す 20代引きこもりの子を持つ母親の人生再起動

愛を学びなおし、人生を生き直す 20代引きこもりの子を持つ母親の人生再起動

20代の子どもの引きこもりに悩む50代・60代のお母さんへ。子どもを変えようと頑張るほど苦しくなるのはなぜでしょう。このブログは、愛と執着の違いを学び、自分の人生を取り戻していくための場所です。

おはようございます、安藤ひさこです。

 
土曜日は子ども音楽舎のレッスンでした。

5年目に入りました。

頭で考え、周りの声を聞きながら合わせながら自分のパートを唄う。


だんだん高度になっているんだけど、先生が楽しく自然にその力が身につくレッスンをしてくださっています。

音楽のレッスン以上に、自分の良さを感じながら、周りの中にいる自分というものも感じる。

一つのことだけをみるのではなく、色々な角度からそのことを見る視野を持つ。

そんなレッスンで、音楽もですが、人間力を育ませてもらえていると実感します。

子どもらしい悪ふざけも上手に笑いに変えて集中させてくれる先生には本当に感謝です。

 
さて「子どもと約束をする。」
 
これね、小さなことから大きなことまで色々あると思います。
 
息子たち特に長男が小学生の頃だったかな。
 
「子どもはよくよく見ていないと、約束を守らない」

「子どもはどんな小さな約束でも、破ることを許すと守るようにはならない」
 
要するに私は「子どもは約束を守らないものだ」という視点でみていました。
 
だからね、小さなことでも「約束を守らない」ことがあると「まただまされるのではないか?」「本当に信じていいの??」という疑いの心がムクムクとわきました。
 
 
すると「あのときもこうだった」「やっぱりそうだ」「また守らないに決まっている」という思いにとらわれました。
 
ここまできちゃうと、長男のちょっとしたこと、例えば
 
・少し時間に遅れた。
・やることを後回しにした。
・言うことをきかなかった。
 
とるに足らないようなことも、とても大きなこととして捉えました。
 
そして長男を責めました。
 
「なんで守らないの!」
「いつもそうだ!」
「もう許せない!」
 
私自身の疑心暗鬼な心を解消するために、「約束は守るものでしょ!!」と彼を責め続けたのです。
 
 
あの頃の私のなかには、長男が約束を守らないことで
 
「私の信用に関わる」
「私がちゃんとしつけができていないように思われる」
「私が気分悪い」
 
など、私の快苦や利害の判断と、子どもを信じることをごちゃまぜに考えていたのです。
 
 
子どもを信じることと、私がどう感じるかは別の問題ですよね。
 
今でこそわかりますが、当時はわかっていませんでした。
 
 
 
子どもを信じることは、全部を受け止めること。
 
眼を開いて、耳を開いて、どこまでも見届け、どこまでも聞き届けること。
 
信じるためには良いところも悪いところもありのままに見なければならないのですね。
 
時にはじっと見守り、ときにはひたすらに関わる。
 
時には励まし、時にはぶつかり合う。
 
 
たとえ行いは不適切であっても、その存在そのものは信じること。
 
 
自分の先入観や思い入れや期待や不安、心配、恐れを横において、わが子をみる。
 
 
疑いは頭のなかでどんどん膨らんで、ボタンのかけ違いを引き起こす妄想になりやすいんですね。
 
これね、本当にそうなんです。
 
妄想で子どもに言ってしまう言葉ほど、子どもを傷つけ、子どものためにならないものはない。
 
 
なのでね、ことさらに子どもを否定したくなる疑いを持ったときは、いったん立ち止まる。
 
私たちの本心は、子どもを信じたいのです!
 
 
目の前のわが子を勇気づけるために何ができるのか?
 
わが子を肯定するために何ができるのか?
 
子どもを信じるために今、自分にできることに心を尽くす。
 
それが子どもとの信頼関係を1つ1つ築くことになります。