本題に入る前に、春先から今に至る説明から。

3部構成。




4月 ~ 12月


去年


4月、散々揉めて退職を勝ち取った。

6月、失業保険を申請した。

7月、発達障害の診断から10年通った精神科を変える決意をした。

9月、散々な目にあったが、今の主治医に出会えた。

10月、就労移行に通い始めた。


12月。

主治医との信頼関係が、構築され始めた。


正直「前の主治医は、紹介状に私のことをどう書いたんだ?」と、思わざる得ない www 

やっと主治医が私の人間性を理解してくれるようになって、忌憚なく話せるようになった。

メンタルの弱音を吐いたら、

「はっきり言って、この処方は躁鬱の薬の量が足りなさ過ぎ、こんな処方の仕方は普通しない」と増量。

霧に包まれた思考回路が回復してきたが、まだメンタルの混乱が抜けない。

生活改善を相談したら「診察内では時間が足りないから、カウセリングはどう?」と、すすめられた。


1月

主治医が休みの間に発達障害について、イロイロ調べてきたそうだ。

医院長なのに、「知らないことは調べた」と患者に言ってくる実直さ。学びの努力を続けることを当然の如く厭わないキラキラ  見習いたい お願い

私がMAX処方で使ってる「コンサータ」は、長期長期使用で精神に支障をきたすとのこと。

しかも私には「普通は指示される休薬日」というものが無かった。

私の精神不調は、薬の副作用の可能性が高いとのことだった。

コンサータの減薬と休薬日を儲けることになった。


春先、なかなか退職できなかったり、夏は、予定してた転院先にトラブルが発生して頓挫したり、充分、躁鬱を発症しても不思議で無い環境下にあったけど、私的には、ここまで長期でメンタルが落ち続けるのは異常事態だった。


「一生このままかも知れない不安」と「回復しない自分を生きる覚悟」を決める 努力。。。

今、この一瞬一瞬を生きるのが精一杯で、明日の未来を考えることすらできなかった。


今ね。

「自分の未来」を考えるだけの思考力が回復したよ。

少しずつ、昔の自分を取り戻しつつある。



感情的な人間ではあるけれど、思考重視で物事を図る私にとって、頭に霧がかかったような状態は、私的には本当に致命的だった。



今回、

医師選びは、とても重要 だと 改めて 思った。


今、やっと元に戻りつつある。



第1部  前置き おわり





 2025年 開幕 ペロペロキャンディー



12月、躁鬱薬、増量。

(使用する意味が無い程の少量から、並の使用量へ)

1月、コンサーター、MAX処方からの 減薬 & 休薬日を設定。

院内カウンセリングの受診開始。


私の現状。

今、思考回路が平時に戻りつつある。

少なくとも、未来を考えるだけの思考能力は戻った。


失業保険を貰いながら、無給の就労移行支援に通ってる。

失業保険は、4月中旬で切れる。


私の本格的な治療は、始まったばかり。

成果はでてるとはいえ、ここは慎重に動きたい。

焦りたい気持ちはあるけど、急いで社会復帰して、自分が順応できるか心配だ。

私のベスト、予想最短復帰時期は、多分5月になるだろう。


お金の心配、不安が出てきた。

大事なことだけど、余計な心配を続けることは精神衛生上、悪い。


。。。

長年、話題があがる度に、勇気がでず怖気付いて、行動に移せなかった問題がある。

「障害年金の申請」

これに着手しようと決めた。


何年も着手できなかった課題だから、行動への壁は高い。

申請したからといって、必ずしも通るとは限らない。

でも、やらないと、何も始まらない。

結果はどうであれ、着手しないまま、歳を重ねてしまったら、怖気づい着手出来なかった自分を情けなく思い続けて生きるんだぜダッシュ

結果以上に、「行動に移す勇気を果たせなかった自分」を永遠に生きるんだぜ はてなマーク

そっちの方が、ツライだろはてなマーク

私が抱いている着手への壁の高さもツライけど、どっちがツライかを考えて、努力したい 魂泣



長かった 状況  説明おわり





link ①


そんな「障害年金お悩み中」の私。

先日、就労移行へ入所以来、関係構築の善処を務めてきたが(相手も努力はしてるけど、本能ってあるじゃん)、スタッフに心底、呆れ果てた。


「これでは、メンタル回復の為の通所が、本末転倒だ。通うことがマイナスになりかねない。」

「さっさと就職した方が、まだ、お金を貰えるだけ健康的だ 凝視むかっ」と、就活を決心。


就労移行先には、

「就活」を決心させてくれてありがとうしかない。

嫌味を超えて、これもひとつの転機。


この1年で、学んだんだよ。

望むモノを手にいれる過程には「その時は、絶望にしか思えない状況が必要なこともある」と。

「必要悪」って、ホントにあるんだって実感してる。


今回の就労移行スタッフは、私にとっては、まだ可愛気がある 相手 びっくりマーク

仲良くなりたくはなくても、相手の尊厳を守るに値はする人。

「やっつけない程度に、やり返す術」を新たに構築しようと、私が算段を組み始める努力をするだけの価値はある。

嫌味はしないけど、礼儀正しく、やり返すは目指してる。


うずまき


就活を決心した日の夜。

久しぶりの友達からLINEが来た。


凝視 んちのそばに転職した」

「今度は立ち上がったばかりの、A型事業所の支援員だよ~」



続きを書く前に、

友人の馴れ初めと経歴を紹介する。


20年来のママ友。

長男が重度の自閉症児。

私とは、彼女の次男と私の子が幼稚園で出会ったのが縁。

子供たちは、今ではもう、社会人〇年目。

子供達の縁は小学校の時点で切れたが、何故か親だけ繋がってる www 

コレは、ママ友と呼んでいいのか?


彼女は長男の高校卒業、通所施設の所属を機に、ヘルパーの資格を取って、長男が通う通所施設に就職した。

数年後、B型就労施設の指導員として転職。

で、さらに数年後の今、立ち上げたばかりのA型就労施設の指導員に転職したんだとさ。





彼女出会ってから10年まで、私は「健常者(発達障害 未診断)」だった。

私が自分の障害を知ったのは、立派な大人になってからだ。

一昨年、彼女にカミングアウトしてしまったけど、今もまだ、友達らしい 。



私な。 

上司が友達になることもあったけど、友達が上司になっても、全然平気な人。

就職先に困ったら、友達のところに世話になるかな? www 

就活する前から、就活の最終手段が手に入ってしまった びっくりはてなマーク

もちろん、ちゃんと、自分の手で探して、それでも途方に暮れたときね。

それが、昨日。


これが、ひとつめの 転機の link。






link ②



今日、就労移行支援先で、説明された。

明日、北大の先生が来て「SST ソーシャル技能訓練」をやってくれるそうだ。

で、せっかく北大の先生が来ても議題が上がってくれないと勿体ないと、予習講義が始まった。


私は今「障害年金について、医師に相談する為の言葉に悩んでる」。

まさしく「SST(ソーシャルスキルトレーニング)」に 絶好のお題だ。

全員一致で、私の議題を1番にやることになった。


久々の、ホント、久々のトントン拍子。

「出来過ぎ」を疑うレベル。

でも、本来の私は、こんな感じだったんだ。



イロイロと、、、

目に見えないところで、何かが動き始めた。


ありがたい。

目に目えない運命に、感謝を忘れないことと、くれぐれも、図に乗らないことを祈りたい。






link おまけ


常々、私のハロワの担当に1度挨拶に同行したいと言ってた、就労移行のサビ管。


面談日が近くなった頃、私は就労移行に対してストレスMAXになった。

一緒に行ったら、私がハロワ担当と楽しく話が出来ないじゃん 凝視もやもや

それ以前に、狭い車の中で2人きりになりたくない 魂


面談当日。 

就労移行支援事業所にハロワから電話があった。

「担当者が病欠したお知らせ」。

ハロワ担当がいないなら、挨拶も糞も無い。いつもの事務手続きだけをしに、私1人で行くことになった。


ハロワ担当者様、休んでくれてありがとう  飛び出すハート

お加減、軽いことを祈りますお願い

手続きは、他の人にしてもらったけど、それとは別に「治ったら別日に面談組む」って伝言を貰った。

ねーちゃん、あなたは充分、私にとって人生の恩人なのに、どこまで私に恩恵をくれるの❓

恩が尽きません。


会ったら、心配もしますが、絶対、絶妙なタイミングでの病欠にお礼も言うと思う www 

これだから、私は、人に尊敬される人間にはなれない、残念な人なのだ。


人から尊敬されなくても、私は自分が言いたいことを言って生きて生きたいです。