半年間、頑張った。
そうか、半年経ってしまったのか。
今日、禁煙サポートブログラムを卒業した。
禁煙しながら、私は大問題の処理に苦しんでいた。
私のよくある光景。
「目の前に敵がぶら下がってるが、味方もいる状況下」で、私史上初めて「問題が解決しない」状況に陥った。
私の悪知恵と味方を総動員しても解決しない。
私にとって前代未聞の事態が2ヶ月続いて、気が狂いそうだった。(大袈裟かな? 私が本気を出して解決しないなんて、初めてだったんだ)
結局、問題を打破してくれたのは昔の仲間達だった。もう、10年は連絡してなかったし、連絡先も知らなかった。
私の中では、昔の思い出だった。
まさか、まさかの、、、昔の思い出が、今も生きてるなんて、想像すらしてなかった。
私の力では、何一つとして打開することが出来なかった、客観的に見てもハードルの高い問題を、昔の仲間達がが全力で解決してくれた。
私が逆の立場だったら、そこまで全力で力をかせるか 甚だ疑問だ。
仲間達のおかげで、私が望んだ以上の幸せを手にすることができた。
「後は任せて、
はゆっくり休んで」の言葉を有言実行してくれた。
私の計画が成功していたら、ここまでの幸せは手に入らなかった。
私の望み通りの結末を得るためには、あの二人が居なければ到底不可能だった。
それを考えると、私の力では無理だったことも、幸いだったと考えるしか無い。。。
でも、人格崩壊するんじゃないかと思うぐらい、私の精神も危機だったんだよ ![]()
簡単に結果オーライとは、言いたくない。
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そんな過酷な環境下での禁煙は大変だった www
それでもだ。
禁煙サポートプログラムの卒業直前で私の暗黒期から卒業できた。
暗黒期と一緒に禁煙ブログラムも卒業だ。
全てがリセットされたような気分。
禁煙後期、
未開封の煙草を見つけちゃって、2度吸っちゃった。
未開封でも1年経つとシケてた、不味い。
紙煙草は不味いと認識できたから、紙煙草の影響からは解放された。
代わりにメンタルが揺らぐと、昔吸ってた葉巻の香りが恋しなって大変だった。
正直、今も大変。
葉巻も紙煙草の時のように、不味いと認識出来たら卒業できるかな?と、試したい誘惑に駆られる。
葉巻はね、香りなんだ。
不味いわけが無い www
卒業前日まで悶えてた。
今日は忘れてたけど。
今日、オンライン面談で、禁煙カウンセラーがね。言ったんだ。
は、この半年1日も欠かさず、記録を書いた。
失敗しても、正直に書いて、その失敗をポジティブに捉えてた。
メンタルに影響されると言いつつ、その都度新しい対策を考えて楽しんでた。
は自信が無いって言うけど、私は不思議なことに
は大丈夫だって信じてるから心配してない。
最初、職業言葉だと思いながら会話をしてた。
多分、面談開始直後数分の言葉は、間違いなく、職業言葉だったと思う www
本音を伝えれば、相手も本音を返してくれる。。。
私が信じてない「私」を、「信じてる」って、言った時の禁煙カウンセラーの顔は本気だった。
「自分を信じるって、難しいですよね」と言う禁煙カウンセラーに、
「だからこそ、自分が信じてない自分を信じてくれる人の存在に救われるんだ」と返した。
お互い泣かなかったけど、涙かでそうになった。
半年間、戦友だったと実感した。
画面越しだけど、心が通じた瞬間だった。
私はそれを「奇跡」だと、言いたい。
人生は、奇跡の連続。
自分に真っ直ぐ生きてたら、ぶち当たる壁も多いし、でかい www
真っ直ぐ生きることを目指してるんじゃなくて、私、asd なので、真っ直ぐ以外の道を知らない、選びようがないだけ。
真っ直ぐは、大変だけど、真っ直ぐじゃない人よりも、多くの奇跡に合える。
人が生きる力を与えてくれる。
それを「奇跡」と呼ばずになんて呼ぶの?
私は、「私」を信頼出来ないけど、他者が私の分まで、「私」を信じて向き合ってくれるんだよ。
そのおかげで、私は「私」を信じなくても生きて来れたんだと、今日、気づいた。
この先も、私が「私」を信じ無くても、誰かが私を信じてくれるんだと、思うとこの先も安心して「人間不信」を貫ける。
出会う人間は必ずしも、善人とは限らない。
それでも、自分が自分に真っ直ぐであれば、とびっきり素敵な人達にも出会える。
嫌な人に捕まる率も強烈だが、嫌な人との遭遇を避けたら、とびっきりな人にも出会えない。
昔、先生が私を眺めながら、
「
の人生見てると、ブラマイZEROになるように出来てるんだなぁって、つくづく思う」って言ってたけど。
今、心底、私もそう思う。
普通の環境では、一生味わうことは無いであろう出来事と、普通の人はこんな幸せ分からないだろうなぁと、思うような人との繋がりを体験してきた。
「もう、充分味わったから、普通をください」と、願ったりもした。
最後の最後まで、私は「普通」を得られそうに無いけど、とびっきり幸せな人生だったと大満足だ。
幸せは、自分だけでは、得られないものだ。
心寄せてくれる人が居て、私の分まで「私」を信じてくれる人がいるから、幸せなのだ。
これ以上に完壁な幸せは、あるか?
その幸せに気づかせて貰って、今まで、たくさんの幸せをもらっていたことに気づいたことが、さらに幸せだ。
恩返しを考えることすら、傲慢な気がしてきた。
自分が伝えられる限りの感謝を伝えることこそが、真のお返しになるような気がしてきた。
だけと、言葉とは、なんと薄っぺらいモノなだろう?
言葉は、足せば足すほど、自分の思いと反比例して薄っぺらくなる。
。。。
禁煙カウンセラーが言ってた。
「もう、会うことは無いけど、陰ながら
のことは、応援し続ける」って。
上手く表現出来ないけど「想い」って、そういうモノなんだろうって思った。
思いって、時間や言葉を超越するんだ。
会った時間の長さや交わした言葉の量じゃないんだ。
私の感謝の想いも超越して、届いて欲しい人達に、届いてるといいなぁ。
別れる際に、その人の幸せを祈ることはあるけどさ。
もっと継続した関係にも幅を広げて、他者の幸せを祈り続けることが出来る人間になりたいな。
感謝は、長く続けると負い目や負担になって、人間関係に良くないことがある。
人間関係を維持したいのなら、感謝はある程度の期間をおいて、区切りをつけるべきだと思ってる。
人の幸せを程々に祈り続けることが出来たら、、、
これ、恩返し還元作戦以上に、循環できるんじゃね?
うーん。
日本語になってない![]()
私が、もっと幸せになれる方法をみーつけた![]()
![]()
恩返し大好き人間な私。
当人返せない恩は、他者に返すだった私。
コツコツ、のんびり人の幸せを祈り続けることが出来ることの方が、私が満たされそうだ。
無理のない範囲で、恩返し還元ごっこも続けるけどね。
「頑張る」は、やめる。
嫌いな奴は嫌い。
好きな人は好き。
自分にシンプルに生きよう。
私に幸せをもたらしてくれた、過去から現在の人達…。
私はその喜びを、いまだ返せてないよ。
私がどれほど感謝してるか?
その重みは、誰も知らなだろうなぁ www
ざまーみろっ ![]()
私も、返したいんだけどね。
受けた恩を当人には返せないのが、この世な気がするんだよね。
せめて、どっかの誰かに、その恩の一部でも還元して、幸せに浸りたいんだよ。
ぜーんぶ、自分のためにやってるんだよ。
禁煙カウンセラー様
お元気で。
あなたのおかげで、過去から現在までの
私が信用できない「私」を信じてくれた人達がいた、今もいる事に気づけました。
あなたが私の行く末を祈ってくれたように、私もあなたの素敵な未来を祈ります。
私の人生が幸せであることに、感謝です。

