これから2021年7月現在44歳の私がしてきた婚活や、結婚後のことを少しずつ綴っていこうと思います。
プロローグに入る前に、
新しい家族として出発したのは
2013年の5月。
めちゃくちゃ楽しかった披露宴での一コマ。
ほぼ親族のみの披露宴でした。
私は36歳、夫は34歳の時です❣️
婚活以前の私の歴史【婚活記録 番外編】
1976年(昭和51年)12月に福岡市西区(今の早良区藤崎)で生まれ、
父は柳川出身、母は愛媛県今治市出身。
母が27歳の時に私を産んでくれたそうです。
同時は結婚しなさいよプレッシャーが親戚中からすごかったそう。
結婚適齢期は自分で決めていいと昔から言っていました。
かく言う私も独身の頃30歳くらいの時
おばあちゃんに行かず後家(いかずごけ)にならないようにね、
と言われて最初はなんのこと?と思ったのを覚えています。。
さてさて、話を戻します。
幼い頃は転勤族で、広島に行って、大阪に行って、
小2で福岡県に戻ってきました。
(大阪弁バリバリでしたが、何とか博多弁を習得!笑)
妹のこと
4学年下の妹がいます。
対照的な感じで、妹は美術系が得意。勉強はそこそこ。
でも母親は、勉強ができる子より絵などが上手な方がいいと言っていて、認められない感覚を持っていました。
私と同じことをしたがり、実際にしていたり、
ピアノは先生も違いましたが、追いつき追い越されました。
よく喧嘩していました。
母には、よその子には優しくできるのにどうして妹には優しく出来ないのとよく怒られました。
中学校〜高校(香椎二中〜香住丘高校)
私は中学校までは勉強は好きで、
授業に入魂するほど集中し、暗記ものは、
得意でした。
理科はある分野になるとさっぱりだったけど。
高校は、入学式で誓いの言葉みたいなものを読みました。
そこから、勉強についていくのがきつくなっていきます。
こんなに成績が落ちる生徒は見たことがないと、学年主任に呼び出され怒られました。
中学から続けていた吹奏楽部は楽しくて、
部活のために学校へ行っている感じでした。
部活ではクラリネットを担当していましたが、
後輩にできる子がいて、劣等感は持っていました。
これまでもこれからも恋多き高校時代
高校の時の恋は、
高一の時、野球部のsくん、
おつきあいしましたが、高二になる時私が高校から遠くの地域へ引っ越すことになり、
(通学が、徒歩から電車になり、)
コミュニケーションをとる時間がうまくとれなくなって
別れを告げられました。
(こちらの彼はのちに日産に就職※
後に理想の結婚には不要だったエリート志向の元になっている気がして書いていきます)
高二の時に、同じクラスのTくん。
付き合えたけど、先輩と二股かけられてして、
私は振られました。。
そこから卒業まで同じクラスだったのは、気まず過ぎて、しんどかったな。
国公立文系のクラスは3クラスのみで、ほとんど持ち上がりでした。
高三の頃は、先生を好きになりました。
好きがダダ漏れていたようですが、
卒業して付き合う、ことにはなりませんでした。
明かされていませんでしたが、多分既婚者か結婚前提の方がいたか、だったみたいです。
大学受験(現役時代)は失敗
公立を二つ受けて、両方落ちました。
(公立に行くと決めていました)
高校からは勉強嫌いでそんなに出来ないのに、
なぜか九大に行きたくて、
前期は九州大学、後期は福岡女子大学を受験。
(先生から福岡女子大を滑り止めとして受けるなら
九大受けてよしと言われて、両方落ちました…)
予備校〜大学
予備校でも恋してしまいます。
(勉強も毎日早朝の電車で予備校へ向かい、頑張ってたつもりなのですが。。)
二浪目の先輩男子saくん。
結果、彼は京大へ行き、
私は九大にまた落ちて、北九州大学に行きました。
福岡と京都。
遠距離恋愛は京大熊野寮に住む彼との文通!!
だけど、いつからか返事が来なくなり、
私はバイト先で好きな人が出来ます。
それを電話で告げると、「裏切り者」と言われました
そんなSAくんに今も覚えている、とても感謝していることがあります。
会話のなかで、私が「チッ」と舌打ちをしました。
すると、「何様のつもりだ!!」と激怒。
私は自分の行動でそんなに周りの方が
気分を害していることに気づいていませんでした。
それを機に「舌打ち」することを一切やめることが出来ました。
さきほどのバイト先の2歳年下の男子と付き合えたけど、
距離感を履き違えたようで、
すぐに別れを告げられました。
彼はのちにヤマハに就職します※
SEになったのは同じゼミのKくんのお陰
その後、ゼミ(統計学に関するゼミ)が同じKくんと付き合います。
就職氷河期で、文系の求人は、
営業ばかり。
その中にシステムエンジニア職の求人がありました。
文系でシステムエンジニアになれると
Kくんに教えてもらわなければ、
応募することはなかったです。
統計学でパソコンも扱っていて、
インターネットにはまっていて、
パソコンを使う仕事は憧れでした。
高校の部活の先輩が
私が受けた会社に就職されていて、
もしかしたらその方の後押しで
就職が叶ったのかもしれません。
20社以上落ちて、結果的に同時期に2社から内定をもらいました。
母は、無理に(その年に)就職しなくても
いいよと、体重が激減するほど、しんどかった就職活動を支えてくれました。
2000年に入社!
仕事はとても楽しく、
文系でものづくりに携われる幸せを
感じていました。
就職して、すれ違うことが多くなりましたが、
彼が転勤で東京へ行く時はまだ付き合っていました。
私はその時は東京に行く決断が出来ずに、
結婚の話がちらっと出ても進められずにいました。
結婚につながらない恋
そうこうしていると、別に好きな人が出来ます。
2003年くらいだったかなと思います。
26歳くらい。
これは成就しない恋でした。
(その好きな人には大事な人が既にいました。)
東京の彼には、別に好きな人が出来たと伝えて別れました。
その後、その東京の彼は、青年海外協力隊となり、
アフリカへ飛びます。
その後NTT系の会社に入ったところまでは
わかりましたが、その後わかりません。
元気かな、Kくん。唯一今でも気になる元彼です。
先輩や既婚者がよく見える
当時、私の周りで、就職時に付き合っていても結婚までいかない、現象がありました。
社会に出ると先輩ってカッコよく見えるよね。
同世代だと少し幼く見えちゃうことがありました。
(これまでの私なりの研究の中での持論ですが、
男性も20代半ば過ぎると個人差が大きくなり、精神年齢も脳科学的に女性と同じとなる言われています。男性が幼く見えることがあるのは、女性は子どもを、命を産み育てる心身の力が、男性より早い時期に得られるからだと思います。男性が女性より劣っているとかそう言うことではありません。)
既婚者はもっとカッコ良くみえた。
既婚者がカッコよく見えるのは、
奥さんやそれまで関わってきた女性との
コミュニケーションの賜物だと、
数年後に知ることになります。
本編へ続くプロローグのお話でした。
あと少しでもしかして結婚につながる出会い?!と言う出会いがあった時期に入ります。
ここからは本編にて。
最後まで、お読みくださりありがとうございます😊
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