みなさまこんにちは


愛しあってますか


今日はAちゃんのために
ブログを書きます。
人にはたくさんの側面があります。
人とのかかわりの数だけ
役割があるともいえます。
簡単なところでいうと
母であり妻であり娘であり
さらに会社員であったり
先生であったりするわけですが
その役割のひとつと自分自身が
がっちがちに一体化してしまったら
魂の自由さが無くなります。
あなたは役割ではありません。
役割はあなたという宝石の
ファセットの一面です。
あなたの魂が
キラキラキラキラキラキラキラキラ
しているとしたら
その一面はキラのキ、にも
ならないくらいほんの一部です。
しかしなぜか、どこかで
私達は役割に自分を押し込め
ガマンしなくてはいけない、
と刷り込まれます。
その行為を別名洗脳といいます。
刷り込む側は悪意がないのが
タチがあまりよろしくありません。
そして
ガマンのエネルギーからは
創造的なものは生まれてきません。
自分がガマンすれば
すべてうまくいく、
という刷り込みは
一体どこからきたのだろうと
本当に不思議に思います。
それはうまくいっているように
見えるだけで
実際はうまくいっていないのです。
アロマなど「気」を動かすことをすると
ガマンしていたものが浮上し
ストレス耐性が一気に弱くなることが
あります。
本当はそうなる前に
ガマンしない、という行動が
必要なのですが
ためグセは自分でどうにかするしか
ありません。
ためグセはやがて発酵し
被害者意識という香りを放ち始めます。
つまり
あの人ってひどい、
私はこんなにかわいそう。
というドラマを人生の中に
たくさん見つけるようになります。
そのドラマとかかわりあうことを
選んだのはほかならぬ自分ですが
被害者の役割にスッポリ
ハマってしまって
それが自分だと思いこみ
それ以外は自分ではないと
無意識に排除します。
さて。
どうしたいか、決めるのは自分です。
もしひとつの役割だけにとらわれたくない、
という思いが沸き上がってきたら
ジャンプする時かもしれません。
たとえば完璧な妻という「役割」が
自分だと思っていたら
少しずれて「妻」の範疇外のことを
やってみてください。
人から期待される自分ではなく
自分が感じるままに生きる自分、
という状態を作り出します。
役割に没頭している方は
ガマンしていることすら
気がつきません。
それが当たり前だと思っているからですが
無意識のガマンはいつかは
見なくてはならないエネルギーです。
残念ながら今日(こんにち)、
両親たちは子供に愛よりも
役割になりきることを教えています。
そのままで愛してるよ、
と伝えることのできる親は
一体どのくらいいるでしょうか?
その役割をうまくやれたら
愛してあげる、というのは
愛ではありません。
そのままで愛しているよ、
と言ってもらいたいと
誰もが求めながらも
身近な誰かさんが役割を
外れようとすると
糾弾したりします。
どうか
魂は広大で
たったひとつかふたつの役割に
収まりきるものではないことを
知っていただきたいと思います。
ここで大事なのは素直さで
今までガマンしてきたんだわたし、
と気づいてあげるには
素直にならなくてはいけません。
ところがガマングセのある方は
素直じゃない人が多いのです(笑)
大丈夫じゃないのに
大丈夫、と笑顔で言うことに
慣れてしまって
もっと早くヘルプが必要、
と言わなくてはいけないところを
ガマンし、
やがて誰もわかってくれない!(怒)
と怒りだすのです。
周囲は何が起きているのかわからず
呆然とし、初めてその人が
ガマンしていたことに気がつきます。
理不尽なことがあったら
はっきり言うのが健全な人間関係ですが
役割ありきでモノ申さず
ガマンしている方がこの社会には
多いと思います。
しかしそれを続けると
自己否定と被害者意識の人に
なってしまうので
楽しい現実化のためには
自分を認めてニーズに素直になって
それを伝える努力を始めてみてください。
やってみると
なんで今までやってこなかったんだろう?
と思うくらいシンプルで
開放感があることに気がつくと思います。
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人にはたくさんの側面があります。
人とのかかわりの数だけ
役割があるともいえます。
簡単なところでいうと
母であり妻であり娘であり
さらに会社員であったり
先生であったりするわけですが
その役割のひとつと自分自身が
がっちがちに一体化してしまったら
魂の自由さが無くなります。
あなたは役割ではありません。
役割はあなたという宝石の
ファセットの一面です。
あなたの魂が
キラキラキラキラキラキラキラキラ

しているとしたら
その一面はキラのキ、にも
ならないくらいほんの一部です。
しかしなぜか、どこかで
私達は役割に自分を押し込め
ガマンしなくてはいけない、
と刷り込まれます。
その行為を別名洗脳といいます。
刷り込む側は悪意がないのが
タチがあまりよろしくありません。
そして
ガマンのエネルギーからは
創造的なものは生まれてきません。
自分がガマンすれば
すべてうまくいく、
という刷り込みは
一体どこからきたのだろうと
本当に不思議に思います。
それはうまくいっているように
見えるだけで
実際はうまくいっていないのです。
アロマなど「気」を動かすことをすると
ガマンしていたものが浮上し
ストレス耐性が一気に弱くなることが
あります。
本当はそうなる前に
ガマンしない、という行動が
必要なのですが
ためグセは自分でどうにかするしか
ありません。
ためグセはやがて発酵し
被害者意識という香りを放ち始めます。
つまり
あの人ってひどい、
私はこんなにかわいそう。
というドラマを人生の中に
たくさん見つけるようになります。
そのドラマとかかわりあうことを
選んだのはほかならぬ自分ですが
被害者の役割にスッポリ
ハマってしまって
それが自分だと思いこみ
それ以外は自分ではないと
無意識に排除します。
さて。
どうしたいか、決めるのは自分です。
もしひとつの役割だけにとらわれたくない、
という思いが沸き上がってきたら
ジャンプする時かもしれません。
たとえば完璧な妻という「役割」が
自分だと思っていたら
少しずれて「妻」の範疇外のことを
やってみてください。
人から期待される自分ではなく
自分が感じるままに生きる自分、
という状態を作り出します。
役割に没頭している方は
ガマンしていることすら
気がつきません。
それが当たり前だと思っているからですが
無意識のガマンはいつかは
見なくてはならないエネルギーです。
残念ながら今日(こんにち)、
両親たちは子供に愛よりも
役割になりきることを教えています。
そのままで愛してるよ、
と伝えることのできる親は
一体どのくらいいるでしょうか?
その役割をうまくやれたら
愛してあげる、というのは
愛ではありません。
そのままで愛しているよ、
と言ってもらいたいと
誰もが求めながらも
身近な誰かさんが役割を
外れようとすると
糾弾したりします。
どうか
魂は広大で
たったひとつかふたつの役割に
収まりきるものではないことを
知っていただきたいと思います。
ここで大事なのは素直さで
今までガマンしてきたんだわたし、
と気づいてあげるには
素直にならなくてはいけません。
ところがガマングセのある方は
素直じゃない人が多いのです(笑)
大丈夫じゃないのに
大丈夫、と笑顔で言うことに
慣れてしまって
もっと早くヘルプが必要、
と言わなくてはいけないところを
ガマンし、
やがて誰もわかってくれない!(怒)
と怒りだすのです。
周囲は何が起きているのかわからず
呆然とし、初めてその人が
ガマンしていたことに気がつきます。
理不尽なことがあったら
はっきり言うのが健全な人間関係ですが
役割ありきでモノ申さず
ガマンしている方がこの社会には
多いと思います。
しかしそれを続けると
自己否定と被害者意識の人に
なってしまうので
楽しい現実化のためには
自分を認めてニーズに素直になって
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